No. |
発行日 |
主な内容 |
1 |
1987.6.17. |
藤田敬一 「発行にあたって」、「波紋・波紋・波紋」 |
2 |
1987.7.14. |
「部落解放同盟全国大会で話題に」、「各地からの便り」 |
3 |
1987.8.18. |
「部落解放同盟中央解放学校でとりあげられる」、「各地からの便り」 |
4 |
1987.9.16. |
「『こべる』で論議がはじまりかける」、「各地からの便り」 |
5 |
1987.10.20. |
鈴木三千代 「私は「王様」になっていたように思います」 |
6 |
1987.11.18. |
師岡佑行 「風穴を通って吹き込んだ一陣のカゼ」、「各地からの便り」 |
7 |
1987.12.23. |
小森龍邦さんによる『同和はこわい考』批判(PART 2) |
8 |
1988.1.31. |
高橋恒美 「労働運動の中から考える」 |
9 |
1988.2.29. |
須甲卓 「中央本部見解を読んで」、「感想」、「各地からの便り」 |
10 |
1988.3.17. |
波紋「部落解放同盟全国大会で議論」、採録「主張・『同和はこわい考』の差別性について」他 |
11 |
1988.4.23. |
C・W「姜信子さん『ごく普通の在日韓国人』を読んで」 住田一郎「『同和はこわい考』論議-江嶋氏への疑問」 |
12 |
1988.5.20. |
佐々木由美子 「差別-被差別の関係を運動の側から問い直すこと」 |
13 |
1988.6.20. |
藤田敬一「『個人の見解』と『組織の見解』について」 |
14 |
1988.7.15. |
藤田敬一『「タレント風情」について考える』、梅沢利彦『「両側から超える」論の系譜(2)』、各地からの便り
|
15 |
1988.8.10. |
梅沢利彦『「両側から超える」論の系譜(2)』、「各地からの便り」、コラム「解放の灯」、大西巨人「批評の悪無限を排す-『周到篤実な吟味の上での取り入れ』-」
|
16 |
1988.9.17. |
藤田敬一「史料公刊のあり方をめぐって-岐阜県『高富町史』史料編の場合-」
土方鉄「差別の現実を超えて」
|
17 |
1988.10.15. |
雀文子「いろいろ感じたことを、とりとめもなく」、「各地からの便り」
|
18 |
1988.11.10. |
「他者の人権を侵して自らの人権はあり得ない」-甲山控訴審第一回公判における山田悦子さんの陳述-
|
19 |
1988.12.15. |
藤田敬一「文化会議の自立性が問われている」、「各地からの便り」、桜井裕之「全国交流会に参加して」
|
20 |
1989.1.20. |
倉元祥子「対話を求めて」、「各地からの便り」
|
21 |
1989.2.22. |
『連帯の思想-「同和はこわい考」に思う』 |
22 |
1989.3.12. |
藤田敬一 「現実の階層意識にどう切り込むか」
「藤田敬一著『同和はこわい考』についての報告」 |
23 |
1989.4.15. |
加茂進 「藤田敬一著『同和はこわい考』批判」 |
24 |
1989.5.27. |
師岡佑行 「部落解放運動・1988年」
《阿部謹也さんの本を読む》①山城弘敬 『自分のなかに歴史をよむ』 |
25 |
1989.6.15. |
《案内》藤田敬一 「第六回部落問題全国交流会にお出かけください」
《阿部謹也さんの本を読む》②津田ヒトミ 『刑吏の社会史-中世ヨーロッパの庶民生活』 |
26 |
1989.7.10. |
阿部謹也さんの本を読む③ 柴田則愛『中世賤民の宇宙──ヨーロッパ原点への旅』
Y・S「中国情勢をふまえ組織・運動について考える」
|
27 |
1989.9.9. |
藤田敬一「第6回部落問題全国交流会を終えて」
|
28 |
1989.10.16. |
工藤力男 「人権を考える教育の試み」 |
29 |
1989.11.11. |
藤田敬一 『授業「言葉と人間:部落差別を考える」の感想文を読んで』 |
30 |
1989.12.27. |
藤田敬一 『「差別の無根拠性」または「いわれなき差別」について ─ 柴谷篤弘著『反差別論-無根拠性の逆説』(明石書店)を読む①』 |
31 |
1990.2.7. |
藤田敬一 『未来にではなく、現実の運動に「解放された状態」を求めるユニークな運動論 ─ 柴谷篤弘著『反差別論-無根拠性の逆説』(明石書店)を読む②』 |
32 |
1990.2.28. |
藤田敬一 『外と内とをつなぐ自由なネットワークはいかにして可能か ─ 柴谷篤弘著『反差別論-無根拠性の逆説』(明石書店)を読む③』 |
33 |
1990.3.28. |
網野善彦さんの本を読む① 柴田則愛 「中世民衆の自由と現代」
藤田敬一 「仮名、筆名、イニシアル…そして実名」
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34 |
1990.4.23. |
網野善彦さんの本を読む② 橘 尚彦 「単一民族・単一国家の幻想を打ちくだく歴史叙述」
栗田尋美 「地域活動または共同作業の実践から」 |
35 |
1990.5.28. |
藤田敬一 「言葉と人間についてー“川向こう”の場合」
大野 隆 「『同和はこわい考』批判」 |
36 |
1990.6.23. |
人間と差別をめぐって ─ 第七回部落問題全国交流会開催要項
網野善彦さんの本を読む③ 山本尚友 「わたしにとっての『無縁・公界・楽』」 |
37 |
1990.7.10. |
網野善彦さんの本を読む④ 藤田敬一 「網野さんの講演を聞きたいと思った理由」
柴田則愛(三重) 『「指四本ポスター事件」顛末記』 |
38 |
1990.8.10. |
藤田敬一 「第七回部落問題全国交流会(7/21~7/22)を終えて」
梅沢利彦 「構造主義は解放理論になりえるのか(上)」 |
39 |
1990.9.20. |
灘本昌久 「正しい書評の書き方 ─ 『「ちびくろサンボ」絶版を考える』への論評を素材にして」
梅沢利彦 「構造主義は解放理論になりえるのか(下)」 |
40 |
1990.10.5. |
藤田敬一 「人間の問題についての思索の旅へ──受講生のみなさんに (岐阜大学教育学部における授業「言葉と人間:部落差別から考える」の報告)」 |
41 |
1990.11.20. |
山本尚友 「差別という言葉の意味をめぐって(上)(第7回部落問題全国交流会第1分科会「差別と平等」の報告にかえて)」 |
42 |
1990.12.25. |
山本尚友 「差別という言葉の意味をめぐって(下)(第7回部落問題全国交流会第1分科会「差別と平等」の報告にかえて)」 |
43 |
1991.1.31. |
灘本昌久 「『ちびくろサンボ』と差別語 -第7回部落問題全国交流会第2分科会「差別とことば」の報告にかえて-」 |
44 |
1991.3.4. |
住田一郎 「被差別部落大衆の「内面的な弱さ」をどう考えるか -第7回部落問題全国交流会第4分科会「わたしの解放運動」の報告に代えて-」 |
45 |
1991.3.23. |
福田典子(広島) 『「部落」と呼ばれる側の「無回答」』 |
46 |
1991.5.10. |
藤田敬一 「『こわい考』出版・『通信』発刊四周年を迎えて」
藤田敬一 「照射しあう「私」と現代と中世文化 -横井 清著『光あるうちに』を読む-」 |
47 |
1991.6.24. |
第8回部落問題全国交流会「人間と差別をめぐって」開催要項
調 紀(真宗大谷派同和推進本部長) 「いま思うこと」 |
48 |
1991.7.27. |
障害者にとって自立とはなにか─戸田二郎さんに聞く(聞き手:藤田敬一・船坂克明) |
49 |
1991.8.13. |
灘本昌久 『「サンボ」を通して差別と言葉を考える』
藤田敬一 「近代に生きる人々(24) 蛇捕り」 |
50 |
1990 |
《往復書簡》被差別部落民とはなにか① 住田一郎・灘本昌久 |
51 |
1991.10.10. |
《往復書簡》被差別部落民とはなにか② 住田一郎・灘本昌久 |
52 |
1991.12.3. |
《往復書簡─被差別部落民とはなにか─割り込み編①》柚岡正禎(京都)
柴谷篤弘(京都) 「梅沢利彦さんの「『構造主義反差別論』批判」に寄せて」 |
53 |
1992.1.6. |
《往復書簡─被差別部落民とはなにか─割り込み編②》自分のなかの“被差別部落民”像を見つめることの意味 ─住田・灘本「往復書簡」を読む①─ 藤田敬一
梅沢利彦(東京.NHK勤務) 「気がつけば構造主義者」 |
54 |
1992.2.24. |
《往復書簡─被差別部落民とはなにか─割り込み編②》わたしのなかの“被差別部落民”像をたどり、人と人との関係を考える ─住田・灘本「往復書簡」を読む②─ 藤田敬一 |
55 |
1992.3.14. |
《往復書簡─被差別部落民とはなにか③》被差別部落民の「内面的弱さ」について
住田一郎(大阪・西成労働福祉センター) |
56 |
1992.4.10. |
「太陽は いま熟れている」 前川む一(京都・部落解放同盟京都府連)
東谷修一(兵庫・大阪ガス) 「障害者とは何か─住田・灘本「往復書簡」に寄せて─」 |
57 |
1992.5.14. |
《往復書簡─被差別部落民とはなにか④》“部落差別の結果”という打ち出の小槌について 灘本昌久(京都・大学講師)
《もう一つの往復書簡》「同和」推進フォーラムNo.6について 社会教育課 平田 美知子
|
58 |
1992.6.6. |
住田一郎(大阪・西成労働福祉センター) 『「寄り添う同伴者」を拒否する─平田・調「往復書簡」への疑問』
《往復書簡─被差別部落民とはなにか─割り込み篇③》 考えつくままに羅列してみると…(上) 津田ヒトミ(熊本) |
59 |
1992.6.28. |
畑辺初代(京都・真宗大谷派僧侶) 『「差別者の自覚」について─調・平田「往復書簡」を読む─』
《往復書簡─被差別部落民とはなにか─割り込み篇③》 考えつくままに羅列してみると…(下) 津田ヒトミ(熊本) |
60 |
1992.7.20. |
住田一郎「部落差別問題の今日における到達点と課題-被差別部落の視点から」、灘本昌久「差別・言葉・糾弾について」、土方鉄「わたしが話したいこと」、藤田敬一「対話がとぎれる仕組みの背後にあるもの」
|
61 |
1992.8.12. |
藤井慈等「<時>の名のりということ」、「各地からの便り」
|
62 |
1992.9.20. |
畑辺初代「空しく時が過ぎるということ─藤井慈等さんの文章に寄せて」、「各地からの便り」
|
63 |
1992.10.20. |
U.Y「生活文化の問い返しが必要だと思います」、津田ひとみ「なぜ議論が前に進まないのでしょうか─全国交流会から帰って」、東谷修一「反差別の理想に陶酔しない主体とは」、小森龍邦『「部会報告」以来の反動思想』
|
64 |
1992.11.24. |
田村一郎「選良の見識と市民の常識」、畑辺初代「東本願寺派『「同和」推進フォーラム』No.15の編集部注記について」、「新『こぺる』誌刊行についてのお願い」
|
65 |
1992.12.12. |
Y・M「初心者(?)には聞かせたくない思いです」、N・S『「立場の絶対化」なんてできるものではありません』、平田美知子『報告:「真宗大谷派の広報」から派生したこと』
|
66 |
1993.1.31. |
T.H「仏教と差別について」、佐藤秀夫「藤田敬一『同和はこわい考』」
|
67 |
1993.2.28. |
「新『こぺる』、4月より刊行開始!」、師岡佑行「『こぺる』再刊によせて」、藤田敬一「『こわい考通信』の読者のみなさんへ─『こぺる』復刊にあたって」、柴谷篤弘『「仏教と差別について」を読んで』
|
68 |
1993.3.13. |
「各地からの便り」、小森龍邦『人権論ノート─部落差別と権力の恣意』、三橋修「差別の定義をめぐって(序)」
|
69 |
1993.4.12. |
「各地からの便り」、岡田豊「いま三重・同炎の会では」
小森龍邦「格差の是正と主体の確立」
|
70 |
1993.5.21. |
前川む一「『人間と差別』を考える─『こぺる』再刊について」、『「同炎の会第九回研究集会・第十四回総会の案内」から』、「各地からの便り」
|
71 |
1993.6.14. |
『解放新聞』広島県版「主張 融和主義との理論的対決を」、「各地からの便り」
|
72 |
1993.8.2. |
「各地からの便り」、小野信爾「藤田敬一著『同和はこわい考─地対協を批判する』」、小森龍邦「部落解放運動の現在─共に苦しみ人間復権を」
|
73 |
1993.8.19. |
藤田敬一「京都新聞:コラム<きょうと文化考>」、柚岡正禎「70年代ラディカル市民運動の隘路-花崎皋平『アイデンティティと共生の哲学』(筑摩書房)を読んで-①」
|
74 |
1993.9.10. |
「各地からの便り」、柚岡正禎「70年代ラディカル市民運動の隘路-花崎皋平『アイデンティティと共生の哲学』(筑摩書房)を読んで-②」
|
75 |
1993.10.17. |
「各地からの便り」、畑中敏之「『部落民』という“立場”について」
|
76 |
1993.11.22. |
「各地からの便り」「私の出会った「同和」の人々」、藤田敬一「共同の営みのなかで関係を変えるということ」
|
77 |
1993.12.18. |
「各地からの便り」『「私の出会った『同和』の人々」を読んで』、「芸備人権新報(発行人 小森龍邦)」、藤田敬一「部落解放運動に新しい風は吹くか」
|
78 |
1994.1.17. |
「各地からの便り」『どこまでが「差別の結果」なのだろうか』
|
79 |
1994.2.20. |
「各地からの便り」、柚岡正禎「紹介 藤田敬一著『同和はこわい考』」
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80 |
1994.3.13. |
「各地からの便り」「京都市研究集会で思ったこと」
|
81 |
1994.4.19. |
藤田敬一「部落解放運動に新しい風は吹くか②─情況を読む」
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82 |
1994.5.21. |
「各地からの便り」、藤田敬一「理屈と膏薬は……」
|
83 |
1994.6.10. |
住田一郎「全解連系部落問題研究集会参加記」、江原由美子さんを読む① 藤田敬一『「いっしょ」と「ちがい」の狭間で-「『差別の論理』とその批判-『差異』は『差別』の根拠ではない」-』
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84 |
1994.7.16. |
恩智理「個人とシステムとフェミニズム」、「各地からの便り」
|
85 |
1994.8.10. |
「各地からの便り」、高橋正明「解放同盟新方針への期待と要望」、江原由美子さんを読む② 熊谷亨『近代社会システムの罠から抜け出す道は?─「差別問題の構造-言説の空洞化をめぐって」─』、藤田敬一「書評:貴重な問題提起-山下力著『荊冠旗に乾杯』」
|
86 |
1994.9.17. |
「各地からの便り」、花崎皋平『アイデンティティと共生の哲学』、阿部謹也「日本に西洋型『社会』は存在するか」、絓秀美『「超」言葉狩り宣言』
|
87 |
1994.10.27. |
山城弘敬「個人の持てる力を基本にした運動を-部落解放運動の再生のために」、「各地からの便り」
|
88 |
1994.11.19. |
金時鐘「差別を両側から超える」、岡田豊「報告『第一回同炎の会全国交流会-現況と課題について』」、畑中敏之「『出自の自覚』と部落問題-四国学院大学の『特別推薦入学選考』制度に寄せて-」
|
89 |
1994.12.20. |
京都新聞「書評:差別社会のありようを映す-藤田敬一編『被差別の陰の貌』」、三橋修「差別の定義をめぐって(その二)」、藤田敬一「行政責任論の行き着いた先は」、「各地からの便り」
|
90 |
1995.1.28. |
藤田 敬一 「解放新聞社編『ルポルタージュ 部落』四国・九州編の刊行に寄せて」 師岡 佑行 「石川さんの仮釈放決定のニュースに接して(緊急集会発言要旨)」 |
91 |
1995.2.26. |
住田 一郎 「書評・『部落の過去・現在・そして…』(阿吽社刊)」 師岡 佑行 「阪神大震災管見」 |
92 |
1995.3.19. |
師岡 佑行 「行政と運動体の姿勢と同和行政―とりわけ阪神大震災を通して
」 藤田 敬一 「いま、部落解放運動のなにが問題なのか―雑誌『創』の匿名座談会を読む―①」 |
93 |
1995.4.30. |
師岡 佑行 「部落解放運動-1994年(『平凡社百科年鑑95』)」 藤田 敬一 「いま、部落解放運動のなにが問題なのか-雑誌『創』の匿名座談会を読む-②」 |
94 |
1995.5.26. |
山城 弘敬 「人間平等観について」 資料「部落解放同盟綱領改正案(1995.5.)」 |
95 |
1995.6.27. |
藤田 敬一 「いま、部落解放運動のなにが問題なのか-雑誌『創』の匿名座談会を読む-③」 |
96 |
1995.7.17. |
畑中 敏之 『「部落史」の終り』(かもがわ出版、95/5) |
97 |
1995.8.17. |
藤田 敬一 「≪案内≫部落問題全国交流会のこと」 |
98 |
1995.9.16. |
師岡 佑行 「長谷川初己さんの死去を悼む」 藤田 敬一 「長谷川初己さんを送る」 |
99 |
1995.10.19. |
住田 一郎 「部落を名乗る意味-畑中敏之著『「部落史」の終わり』を読んで」 |
100 |
1995.11.15. |
津田 ヒトミ 「部落民としてのアイデンティティをめぐって」 |
101 |
1995.12.13. |
山城 弘敬 「自らの部落民意識と向き合う」 |
102 |
1996.1.10. |
広岡 淨進 「今、『同和はこわい考』」 |
103 |
1996.2.14. |
各地からの便り |
104 |
1996.3.19. |
《読書漫記》高田 嘉敬 「解放新聞社編『ルポルタージュ部落 四国・九州編』」
藤田 敬一 「座談会|戦後50年 金時鐘 針生一郎 土方鐵」
|
105 |
1996.4.22. |
藤田 敬一 「「凍りついた」関係について」 |
106 |
1996.5.18. |
広岡 淨進 『「部落民を名乗る」こと』 |
107 |
1996.7.17. |
「「部落」をめぐる思想の魅力に触れる-原口論文にうながされて」(『読売新聞』西部本社版、6/26,27夕刊)
|
108 |
1996.8.24. |
原口 孝博 「思想課題としての部落」
藤田 敬一 「河原者又四郎のことば-『京都の部落史』を読む①」
|
109 |
1996.9.28. |
小林清人 「『部落』・非『部落』の両側から超える-部落問題全国交流会に参加して」(『読売新聞』西部本社版、9/2夕刊)
高田 嘉敬 「学力とは何か-部落問題全国交流会第2分科会の議論で気になったこと」
|
110 |
1996.12.15. |
北口忠「部落差別に関するノート抄」
師岡佑行「部落解放運動-1995年(『平凡社百科年鑑95』)」
|
111 |
1997.1.18. |
藤田 敬一 「一枚のポスターから「人間と差別」について考える」 |
112 |
1997.3.4. |
藤田 敬一 「同和事業は部落内外の関係を変えたか」 |
113 |
1997.4.1. |
藤田敬一『人間のつながりを核に-「内」と「外」を貫く運動を』「議論こそ差別問題解決の道-部落問題、新たな段階へ-基本は人と人との関係」
|
114 |
1997.5.5. |
『同和はこわい考』の十年① Kを偲んで、Tより「藤田さんへの手紙」、工藤力男「岐阜の町は燃えていた」、恩智理『出発点としての「こわい考」』
|
115 |
1997.5.27. |
『同和はこわい考』の十年② 高橋勝「『こわい考』と私」、「各地からの便り」
「部落解放同盟綱領改正案」
|
116 |
1997.7.4. |
『同和はこわい考』の十年③ 野町均「『こわい考』と民主主義の精神」、「階級闘争史観改めソフトに-部落解放同盟、新綱領決定へ」、北野隆一「コラム・私の見方-差別の『根本』問う議論を」
|
117 |
1997.8.13. |
『同和はこわい考』の十年④ 住田一郎『「両側から超える」という問題提起に応えて』
寺園敦史『だれも書かなかった「部落」』
|
118 |
1997.9.1. |
『同和はこわい考』の十年⑤ 師岡佑行「経験の思想化」
松岡勲「切り札をもたない人びととの交遊」
|
119 |
1997.10.5. |
『同和はこわい考』の十年⑥ Y.S「〈無限責任〉と〈主体〉について」、第14回部落問題全国交流会をめぐって① 石原英雄「これまでとは格段に違った今年の交流会」
|
120 |
1997.11.10. |
第14回部落問題全国交流会をめぐって② 浴口勝也「〈アイデンティティ・カムアウト・両側から超える〉を問い返す」、N・T「正直言って腰が痛かったです」、師岡佑行「部落問題研究」
|
121 |
1997.12.9. |
第14回部落問題全国交流会をめぐって③ 部落解放運動・情報「刺激的な提起と論議の中で」、吉田智弥『「両側から越える」小考』
|
122 |
1998.1.30. |
藤田敬一「『同和はこわい考』の十年-なにが見えてきたか-①」
|
123 |
1998.2.26. |
藤田敬一「『同和はこわい考』の十年-なにが見えてきたか-②」
|
124 |
1998.3.23. |
藤田敬一「『同和はこわい考』の十年-なにが見えてきたか-③」
|
125 |
1998.4.30. |
『同和はこわい考』の十年⑦ N.T「強烈に頭を殴られて考えたこと」
奈良『部落解放運動情報』「人と人との関係を人間らしいものに」
|
126 |
1998.6.4. |
柴谷篤弘『比較サベツ論』、黒川みどり「戦後民主主義と部落問題」、「各地からの便り」
|
127 |
1998.8.10. |
原口孝博「〈部落・部落民〉=共同幻想の理解について-①」
『部落解放運動情報』「研究誌から」
|
128 |
1998.9.11. |
福田俊樹「障害児との出会いの中から」、部落解放同盟奈良県連(山下力委員長)『解放新聞』主張「上田氏退任でどう変わるか-解放同盟中央本部のゆくえ」
|
129 |
1998.10.30. |
上丸洋一記者「〈探求-記者の目〉「部落民」とは何か-「立場」を離れて根源的な論議を」、『部落解放運動情報』「第十五回部落問題全国交流会から」
|
130 |
1999.2.20. |
藤田敬一『「Kを偲んで、Tより─藤田さんへの手紙」に答える』、藤田敬一編『「部落民」とは何か』-「差別」を問い直す交流集会の発言集-
|
131 |
1999.3.23. |
原口 孝博「〈部落・部落民〉-共同幻想の理解について-②」 |
132 |
1999.4.13. |
原口 孝博「〈部落・部落民〉-共同幻想の理解について-③」 |
133 |
1999.5.13. |
大阪大学部落解放研究会『みちくさ』No.13「書評『「部落民」とは何か』」 |
134 |
1999.6.17. |
灘本 昌久「ちびくろサンボよ、すこやかによみがえれ」 |
135 |
1999.7.20. |
藤田 敬一「矢田の運動に期待するもの」 |
136 |
1999.8.19. |
第16回部落問題全国交流会の案内 |
137 |
1999.9.10. |
野町均『「理不尽」と部落問題-畑中敏之、藤田敬一氏の所論をめぐって』
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138 |
1999.10.20. |
柚岡 正禎「カムアウトを考える(1)」
杉之原寿一著『部落解放の「虚構理論」批判』
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139 |
1999.11.25. |
畑中 敏之「そんなことは言ってはいない!」
『部落解放研究』No.130「解放理論に関する議論(諸説)を考える」
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140 |
1999.12.28. |
柚岡 正禎「カムアウトを考える(2)」
杉岡 康次郎「書評以降……藤田さんのことなど」
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141 |
2000.1.27. |
柚岡 正禎「カムアウトを考える(3)」
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142 |
2000.2.28. |
柚岡 正禎「カムアウトを考える(4)」
角岡 伸彦「書評『現代思想 二月号』─特集 部落民とは誰か」
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143 |
2000.4.15. |
藤田 敬一「『なぜ?どうして?』という問いを大事に」 |
144 |
2000.6.16. |
石原 英雄「結婚をめぐる一女性の相談にのって」 |
145 |
2000.8.12. |
「第17回部落問題全国交流会-人間と差別をめぐって-」
灘本 昌久「講師紹介-竹田青嗣さんのこと」
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146 |
2000.9.8. |
福田 典子「A子さんと石原英雄さんとの往復メールを拝見して-A子さんへ」
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147 |
2001.5.3. |
F・O「柴谷篤弘氏の著作を読んで」 |
148 |
2001.5.23. |
福田 典子「むずかしいですね、両側から越えるのは」
「奈良県部落解放同盟支部連合会「規約と運動基調」01.4.22.(抄録)」
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149 |
2001.6.29. |
住田一郎「部落差別-自己責任担い対等な対話を」、師岡佑行「弔辞」、
藤田敬一「同和問題の解決と人権感覚」、長田弘さんを読む-①
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150 |
2001.7.26. |
長田弘さんを読む-② |
151 |
2001.8.22. |
小武正教 「わたしはどこに立っているのか?
糾弾により問われた僧侶の『立場』」 |
152 |
2001.10.5. |
藤田敬一 「ある点検糾弾会の光景」 |
153 |
2001.12.24. |
野町均 「わたしを揺るがした二週間」(上) |
154 |
2002.2.8. |
野町均 「わたしを揺るがした二週間」(下) |
155 |
2002.3.1. |
沢辺均 「『オカマ』は差別か-『週刊金曜日』の『差別表現』事件」 |
156 |
2002.4.17. |
伏見憲明ほか 「『オカマ』は差別か-『週刊金曜日』の『差別表現』事件」 |
157 |
2002.5.12. |
全横浜屠場労組 「第23回定期大会議案書」 |
158 |
2002.8.4. |
K.H. 「曽野綾子『私日記1-運命は均(なら)される』の記述をめぐって」 |
159 |
2002.10.4. |
松井安彦 「返信『こわい考』第7信(02.3.24.)-通信155号を読んで-」 |
160 |
2003.1.14. |
各地からの便り |
161 |
2003.3.22. |
藤田敬一 「『同和はこわい考』の十五年」 |
162 |
2003.5.20. |
講演日録抄 |
163 |
2003.8.15. |
藤田敬一 「ホームページ開設顛末記」 |
164 |
2003.12.27. |
藤田敬一「冠をとり補語をはずすということ -ある真宗大谷派教区での研修から-」 |
165 |
2004.3.26. |
野町均 「卒業式によせて - メールあれこれ」 |
166 |
2005.4.11. |
藤田敬一 「同和問題をあらためて考える-仕事と人権感覚」 |
167 |
2005.6.11. |
藤田敬一 「顔が見える呼応の場として」 |
168 |
2005.10.16. |
黒川みどり 「大きな思想史的流れに位置づける」 |