同和はこわい考通信 No.89 1994.12.20. 発行者・藤田敬一

《 採録 》
その1.書評:差別社会のありようを映す-藤田敬一編『被差別の陰の貌』
       (京都新聞11/21)
 表題のように、本書は被差別の側の実存を深く探っている。冒頭の座談会で在日朝鮮人の詩人、金時鐘氏は「差別を強いる側に特定の顔はない」と語る。そして虐げを被る側には個々の具体的な醜い形が表れる。それは貧窮や疎外によるゆがみだとする。
 被差別部落出身の作家、土方鉄氏は「部落のやさしさ説」が当たっていないことを指摘する。社会の下積みでかつかつに生きる人間の中には借金の踏み倒しも裏切りもある。だからこそ、真に対等な人間関係を基礎にした「共同体」を作りたいのだと、氏はいう。
 学生のころから解放運動にかかわった岐阜大学教員の藤田敬一氏は、これを受けて、被差別のイメージを啓もうする側に都合よく作り上げる啓もう主義に言及「随伴的な知識人の部落像は一面性を免れなかった」する。
 本書には、以上の三氏による座談会のほかに金氏の講演録、ドヤ街と呼ばれる横浜の寿町で識字実践活動をしている大沢敏郎氏と、出身部落で『地域で教育を守る会』活動に携わっている住田一郎氏が執筆した文章が収録されている。
 大沢氏は教育を受ける機会を奪われた人々を通して「型にはまらない力」を発見する。亡き母親の生涯をつづって「おかさん」と書いた人がいた。読み上げた時その箇所で「おっかさーん」と叫んだ。彼はこの叫びのために長文をしたためたのだった。
 住田氏は「部落差別による人間性の『ゆがみ』」について母親を取り上げる。懸命に働き続けて高齢のいま孤独だという母の生き方をその生育歴と重ねて「身勝手さも含めた身びいき」が貫かれていたとする。/本書で提示された「陰の貌」は被差別の側を描くが、同時に差別社会のありようも合わせ鏡のように映し出す。差別と被差別の両側から越えるべき課題を本書は示唆している。

その2.三橋 修「差別の定義をめぐって(その二)」
 (『年報・差別問題研究2 在日・フェミニズム-差別の構造』明石書店、94/11)
 最初に前回の文章について、お詫びしなければならないことがある。前回の文章で藤田敬一氏の『「同和はこわい」考』に触れたこともあり、藤田氏がご自分の通信である『「同和はこわい考」通信』の第六八号(一九九三年三月一三日発行)に僕の論考の一部を転載され、同時にコメントを下さった。その転載に当たって「ママ」と付されたことによって、僕が大変失礼な過ちを犯していたことを教えられた。前に書いた文章で僕は、あろうことか、藤田敬一氏のことを「藤田敬三氏」とし、かつ『こぺる』の発行者である「京都部落史研究所」のことを「京都市部落解放研究所」と書いていた。確認もせずに僕が書き流してしまったのである。弁解の余地のない間違いである。両者に深くお詫びしたい。
 ところで、すぐさま今回の文章で触れることは出来ないが、宿題として、ここで、藤田氏の僕の文章に対するコメントについても紹介しておきたい。第一の点は、僕が『こわい考』を「まさに(差別の)定義そのものである」と書いたのに対して、氏は「たしかにそうともいえますが、定義問題に収斂されてしまうと、ちょっと困る。わたしがなによりも議論してほしかったのは、部落差別問題をめぐる、被差別部落外出身者・差別する側に立つ者・差別者と被差別部落出身者・差別される側に立つ者・被差別者との隔絶された関係総体の止揚なのですから。」というものである。この氏の問題意識をひん曲げて、差別の定義が問題だと言っているつもりは、僕にはない。僕が氏の問題意識にそってものを考えようとする時、氏の文章の一つの側面に注目しただけである、とここではひとまず、言っておきたい。
 第二の問題は、僕が例の二つのテーゼについて「近代主義の理念をも乗り越えるもの」と位置付け、「第一のテーゼは、常に新しく人と人との関係を問い直す契機を孕んでいる」としたのに対して、「わたしには、その文意が読みとれません」というものであった。もう少しちゃんと展開してほしいという要望である。これにお応えするには、まだ時間がかかりそうである。
 ここで「例の二つのテーゼ」についての藤田氏と僕との間にある微妙な差について書いておかなければならない。右のコメントは、出来る限り藤田氏の文章をそのまま載せる形で書いてきたが、藤田氏が問題にしているテーゼは、部落解放同盟が定式化した文言であり、僕はその定式の中の「部落」を「被差別者」と置き換えて論じているという違いがある。もっと正確に書いておくと、「日常部落に生起する、部落にとって、部落民にとって不利益な問題は一切差別である」というところを「日常生活に生起する、被差別者にとって不利益な問題は一切差別である」と僕は言い直している。この言い換えたところに、僕は意味を持たせたつもりである。この言い換えたところに具体的な集団名、カテゴリー名が入ると、様子が少し違ってくる。つまり、「部落」というカテゴリーが入ると、途端に、では「部落とは何か」という問題が生じてくる。客観的な問題であるし、自己把握の問題でもある。僕が言い換えをしたのは、差別の定義をめぐる議論を論じるために施した、抽象化の処置である。その上で、まだ例の二つのテーゼを放棄せずにとっておいて、論を進めてみようと思ったのである。藤田氏は、このテーゼの絶対化・硬直化によって生み出された現実を直視しておられるのに対して、僕の施した抽象化が、意図した程の意味を持ち得るか否かは、僕にもまだ定かではない。
 その意味でやはり、藤田氏と十分かみ合った形で話が出来るには、まだ時間がかかりそうである。

コメント.
 三橋さんは前回の文章で、部落差別問題をめぐる二つのテーゼが「絶対化されてしまうと、運動を空洞化させ」ると指摘しつつ、「この二つのテーゼは、実は近代主義の理念をも乗り越える開いたものである。(中略)第一のテーゼ(「日常部落に生起する、部落にとって、部落民にとって不利益な問題は一切差別である」-藤田補注)は、常に新しく人と人との関係を問い直す契機を孕んでいる」とお書きになった(114頁)。しかし、この文章の意味が、わたしにはいまもって理解できない。二つのテーゼはいかなる内容をもって「近代主義の理念」を乗り越えているのでしょうか。「開いたもの」とは、どういうことなんでしょう。対話がとぎれ、関係がねじれ、ゆがんでいる実情を前にして、いわゆる第一のテーゼが「常に新しく人と人との関係を問い直す契機を孕んでいる」のだといわれても、いっこうにイメージがわかない。三橋さんは二つのテーゼを軽々しく手放さずにとっておいて、議論を進めたいとおっしゃる。そのことにいちゃもんをつけるつもりはない。ただ議論をかみあわせるには、もっと具体的に論じていただく必要があると思うのです。部落・部落民を被差別者に言い換え置き換えて、抽象化したのだということですが、事柄の性質上、やはり部落差別問題にそくして語ってほしい。

《 随感・随想 》
行政責任論の行き着いた先は
藤田 敬一
 九月初め、京都の友人が「市内の各部落、市役所でまかれたものです」とのメモをつけて、タブロイド版8頁の『反対同盟ニュース』No.139(94.8.31)を送ってきてくれた。発行者は京都市改良住宅家賃値上げ反対同盟連合会(1978年結成)である。ゆうに五万字を超えるこの無署名論文は、冗長でよくわからないところがあるが、部落解放運動と同和行政にとって見過ごせない見解を提示している。なのに発行から四か月たっても表立った反応はほとんどないという。しかし、朝田善之助さんの教えを墨守するこの人びとの主張は、現在の部落解放運動の枠組みを規定している発想、理論、思想を典型的に表わすとともに、行政責任論が徹底化されるとどのような事態を招くかを示して、まことに興味深い。以下、わたしの感想を述べる。
 論文は、繰り返し被差別部落民の差別され、圧迫された生活を強調する。

家賃値上げ問題は、京都市が同和対策事業の打ち切りを更に押し進めるために、部落を分裂させ、私たち部落の兄弟の差別された生活をより一層圧迫させる、私たち部落民の生活に直接かかわる問題なのである。(1頁3段)
所得水準でいえば、部落民の所得は、市民の向上に応じて、過去と比べれば名目的には向上している。それは市民の所得の約60%にしか達せず、約40%もの格差を持った向上にしか過ぎない。部落民は総じて生活保護受給基準より少し上の、いわゆるボーダーライン階層の生活を余儀なくされている。(5頁3段)
部落は故なく貧しい生活、悲惨な生活をしているのではない。部落差別によって就職の機会均等の権利が行政的に不完全にしか保障されず、一般市民に比べて六割の収入しか得られていない、労働条件の悪い仕事にしか就けないことで、苦しい生活を送ることを余儀なくされているのである。ここに部落差別の本質がある。(5頁7段)

 わたしはふっと学生時代に戻り、朝田善之助さんから話を聞いているような気分になった。たしかに今日もなお不安定な仕事につき、市民の平均所得水準の六割しか得ていない人びとはいるだろう。1984年度調査によれば、年収100万円未満の世帯は11.1%、100万円以上300万円未満の世帯は33.4%で、全世帯の44.5%が年収300万円以下である。しかし、数字の上でこうなっているからといって、京都市内の「部落民は総じて生活保護受給基準より少し上の、いわゆるボーダーライン階層の生活を余儀なくされている」と、ほんとにいえるのだろうか。もしそうであるならば、生活のありようにもっと深刻で顕著な徴候が表われているはずである。改良住宅に住む友人に聞いても、そうした様子は見当たらないという。そんな数字より、被差別部落の公務員数は5,582人、有業者中に占める割合37.2%に注目すべきだ。有業者の三人に一人以上が公務員なのである。地域によってはこの比率はさらに高くなる。こうした点を考えると、この文章は被差別部落の貧困を誇張しすぎている。なぜこのように生活実態を貧困と悲惨の一色で塗りつぶしたがるのか。部落貧困説に呪縛されているとしか考えられない。
 また、こうもいう。

改良住宅の入居者の収入水準は、差別の本質に制約されて、生活保護受給基準より少し上の、いわゆるボーダーライン階層にある。収入が少し下がれば、すぐに生活保護受給世帯に転落せざるを得ないほど不安定な生活を強いられている。(6頁1,2段)

 収入が少しでも下がる、つまり家賃がちょっとでも上がれば、改良住宅に住んでいる人びとは即座に生活保護を受給しなければ生きていけない状態に陥るというわけである。しかし、これが改良住宅の入居者自身の生活実感からも遠く離れていることは明らかである。いくら家賃値上げに反対だからといっても、あんまり自らを貧しく描かないほうがいい。それに現行家賃と値上げ額を書かずに、値上げは生活の圧迫になるといくら強調したって、説得力があるはずがない。だいたい家賃の額も書かず、『ニュース』を地区と市役所にだけまくというところに、彼らの目には市民が入っていないことが表われている。もともと市民に訴える気なんかないのだ。
 いまひとつ、この『ニュース』は、驚くべき数字をあげている。すなわち、改良住宅の全入居者3,573世帯(1991年度末現在)中、68.2%にあたる2,438世帯が家賃滞納者で、うち京都市が「長期滞納」としている60か月(5年)以上の滞納者は817世帯(全滞納世帯の33.5%)だというのである。滞納家賃総額は4億182万4,353円。滞納月数240か月、つまり20年以上の滞納者が15世帯もいる。反対同盟の推定によれば、91年度末現在の滞納率は20%、「荒っぽい言い方になるが、五軒に一軒は滞納世帯である」らしい(4頁3段)。
 どのような事情によってこれだけの長期滞納者を出すことになったのか、住宅・環境の整備などの同和対策事業は、部落差別問題の解決のための施策であるはずだが、事業の趣旨と多数の滞納者の存在とはどこでどうつながるのか、京都市は市民に説明すべきであるし、市民も説明をもとめるべきである。もしこの事実を伏せて、部落差別問題の理解と認識を深めるように訴えても、どれだけの人が耳を傾けてくれるだろう。
 しかし、反対同盟は、こう主張する。

京都市は、多数の長期滞納者や巨額の滞納金額を長年放置してきた結果、こともあろうに「時効」を発生させるという極めて重大な問題を作り出している。(2頁4,5 段)
この膨大な滞納世帯について、京都市は「各改良住宅に常駐させている住宅管理担当職員が、家賃滞納者のうち納入指導の余地があると考えられる者を直接訪問することにより、滞納に至った理由の把握と適切な納入指導を行い、これにより滞納の解消を図ってきました。しかし、限られた人数では訪問指導できる数に限度があり、滞納が長期にわたる世帯を増加してきました。」(甲七号証)と弁解して、滞納指導がほとんど出来ず、長期滞納者を増加させてきたことを認めざるを得なかったのである。(3頁2段)

 つまり、家賃の滞納は納入を督促しない行政の怠慢であり、責任は行政にあるというのである。京都市も京都市で、住宅管理担当職員が少ないことなどを理由にあげているが、そんな姑息な説明はもうよしたほうがいい。
 論文は、またこうも述べている。

京都市が名目的に家賃値上げをしても、実質的に家賃の収納ができず、滞納が20%以上もあるということになれば、その家賃値上げ自体が無謀であって、住民の合意を得られていないということになるからである。(4頁5,6 段)

 つまり、住民の同意を得ていない家賃値上げだったから滞納者が多くなっても仕方がないというのである。しかし、これも行政が住民の合意を得ようとしなかった結果とされるわけだから、すべては行政の責任だということになる。
 それにしても、全入居者の68.2%が家賃を滞納し、五軒に一軒がいまも滞納しているというのに、反対同盟のこの論文のよそよそしい口振りはどうしたことだろう。3000円から1万3000円までの家賃を払わないのはなぜなのかを突き止めようとする姿勢が感じられない。滞納の原因と責任を行政に押し付けて、あれこれ理屈を述べているのは滑稽でさえある。経済的な理由で払えないのではなく、“「取れるものは取らんと損、貰えるものは貰わんと損」と言った功利主義”(5頁7段)が広がっていることの証しではないのか。
 部落解放運動の歴史を美化しようとは思わないが、わたしの出会った運動家のなかには、人間的な魅力をたっぷり備えた、風格のある人物がいた。その人びとは、物質的にはけっして豊かとはいえなかったけれど、自立と自律を人一倍大切にしていた。自立と自律があってこそ自治がある。部落解放運動は、日常生活世界における自治の運動でもあるはずだ。家賃問題にかぎらず、金銭がからむ同和対策事業の実施は、もちろんきれいごとではすまない部分を含む。しかし、部落解放運動を名乗る以上、放恣・放埒な生き方ときちんと向き合い、その克服のために努力するのでなければ、解放運動の名が泣く。組織として積極的に住民に働きかけて家賃滞納の一掃、あき入居の根絶などに取り組み、大きな成果をあげているところがある。それに比べて、京都市の情況はあまりにもひどい。
 しかし、反対同盟のこの論文には、自らを問うという発想がない。それはおそらく、行政責任論を極端にまで肥大化させることによって、いつしか市民的感覚すら失ってしまったからだろう。約束は守る、借りたものは返す、買ったら金を払う、そんなごく当たり前の日常生活倫理の実践を馬鹿にしてはいけない。人間の信頼は、高尚な理屈でなく、ほんのちょっとした共感・交感によって形作られるのだから。
 最後に、なんとも気の重い話題に触れなければならない。『ニュース』は、京都市が77年から79年にかけて前後6回、計2,400万円を、部落解放同盟京都府連のある幹部に支部事務所兼用の自宅を購入する資金として支払っていたと報じている。情報のもとになっているのは、別の幹部が裁判所に提出した「供述書」だ。反対同盟は、このお金は改良住宅入居者実態調査を実施し、さらに家賃値上げへと連動させるための工作資金の一部だったとするが、それは一応おくとしても、大金の授受が記事として報じられた以上、部落解放同盟京都府連と京都市は、市民にたいして事情をきちんと説明しなければいけない。とくに京都府連は早急に見解を公表すべきである。無視すれば、黙認と受けとられかねないし、そこからは運動と組織への信頼は生まれない。
 77年の部落解放同盟第32回全国大会では、厳しい自己切開をもとめる声があがった。それは同盟の信頼を低めるどころか、むしろ高めたと、わたしは思っている。京都府連の対応を注視する所以だ。

《 各地からの便り 》
その1.
 知による自己否定の領域と、自己否定を否定する不二の領域の混同は大谷派の長い歴史の一面でもあります。私は、宗門の差別問題に対する対応、見解を通して、如来の本願とはそもそも何であるのかということを学ばされてきたように思います。宗教者を名告らない先生の言葉の質のようなものを聞き続けられたこと、幸いでした。
   (京都 H・Hさん)

その2.
 先日、「部落解放運動新時代の可能性」をやっと読みました。ふと『こぺる』を手にとってみたら“藤田”という字が目に入ったので読んでみる気になり、少しだけのつもりがぐっとひきつけられて、いっきに読みました。それから前の号もひっぱりだしてきて読んでおりましたら、隣で『ジャンプ』をみていたダンナまで『こぺる』を読みはじめたのには感激しました。「解放運動…」は対談だったためかいつもよりはすんなりと頭に入ってしまって、うれしい気持ちになりました。
   (岐阜 S・Yさん)

《 紹介と案内 》
『こぺる』No.22(95/1)
 岡崎 拓巳:施設入所者の人権をどのようにとらえていったらよいか
         -療育現場に身を置く者として-
 ひろば(16)
   住田 一郎:全同教大会に参加して
 新しい差別論のための読書案内③
  灘本 昌久:竹田青嗣・小浜逸郎『力への思想』
 第18回『こぺる』合評会から(藤田敬一)

第19回『こぺる』合評会
12月24日(土)午後2時 京都府部落解放センター2階
石元清英「『いまなお厳しい差別の実態』という見方」(12月号)について。話題提供者は筆者の石元清英さんです。なお合評会終了後、京都部落史研究所と合同の忘年会を開きますので、例の天狗での一杯はありません。

《 川向こうから 》
◆この一年、いろんなことがありました。しかし、なんといっても大学入り口での交通整理は忘れ得ぬ出来事のひとつになりそうです。先日もある人が、わたしへの嘲笑の声を伝えてくれました。笑われて当然かもしれませんね。でも、わたしにとっては人間観察の恰好の機会になったし、多くの事務職員と知り合えたのだから、それだけでいいのです。
◆最近読んだ本のことなど────金 賛汀『在日という感動-針路は「共生」』(三五館、94/9)。金の作品は『ぼく、もう我慢できないよ-ある「いじめられっ子」の自殺』正続(一光社、80/4)と『甲子園の異邦人-「在日」朝鮮人高校 野球選手の青春』(講談社文庫、88/7)ぐらいしか読んでいないのだが、えらく民族意識・祖国志向の強い人だなあという印象があった。それが本書では硬質の民族主義から解き放たれ、日本を故郷とする帰属意識を踏まえ、定住諸民族の一人として共生をもとめて生きようと提言して新鮮だが、部落差別問題を論ずるものに、本書や松兼 功『障害者に迷惑な社会』(晶文社、94/7)などにみられる「しなやかさ」があまり感じられないのはなぜなのかと考え込まされた。
◆本『通信』の連絡先は〒501-11 岐阜市西改田字川向 藤田敬一 です。研究室の電話番号は05 8-293-2222(直通)、事務室のファックス番号は058-293-2 207です。控えを改めてくだされば幸甚。(複製歓迎)