No.153 2001.12.24.


野町 均(高知県高等学校同和教育研究会副会長)
「同和行政−問題の所在、自由に議論を」(『朝日』名古屋本社版、01/11/19)

 特別措置法による国の同和対策事業が来年3 月で終わる。この30年あまり、事業は同和地区の生活環境や就労状況の改善、人権尊重の意識の広がりなどの成果をあげた。いっぽうで事業の「暴走」がときに利権、不祥事を生み、同和問題に影を落としてきた。
 ことし5 月、高知県の元副知事が逮捕された。96、97年に、総額およそ12億円の公金をある縫製業の協業組合に、県議会の承認手続きを経ないままに融資をしていたことに関する容疑だ。同和行政の一環としておこなわれたこのヤミ融資をめぐっては、協業組合の幹部や県の元商工労働部長らも逮捕され、現在高知地裁で審理が進められている。
 困ったことに同和対策事業に絡む利権、不祥事はこの一件にとどまらず、これまでも各地で発生している。
 じつはこの「暴走」をめぐっては以前から論議がないわけではなかった。たとえば岐阜大学教授の藤田敬一氏は著書『同和はこわい考』(87年)において「被差別部落民もしくは『被差別部落民であるらしい人』に便宜を供与することによって平穏と安全を確保しようとする人がいる」と「暴走」を生む心理を指摘している。
 また同和問題の研修会や啓発の集まりにおいても、事業をめぐって生じた、同和地区と地区外のねじれた関係や行政サービスのアンバランスな状態を率直に述べた人もいた。そこにはうわさや偏見にもとづく意見や特定の運動団体の非難という動機があったのはたしかだとしてもすべてそうだったのだろうか。にもかかわらず、それらはしばしば、逆差別、ねたみ意識、同対事業に水を差すものと批判を受けた。
 批判には反論して議論をつづければよかったであろう。だが、現実には議論は深まることなく、たがいに不信感を抱いたままさしさわりのない意見を述べてやりすごしてしまう傾向が強くなっていったのである。
 寛容でわだかまりのない雰囲気のなかで突きつめた議論がなされていたらどうだっただろう。「暴走」は止められなかったとしても、ひょっとして議論のもたらす緊張が事のありようを少しは変えたかもしれない。/ある高校生は、ヤミ融資事件の報道に接してからは同和行政や部落解放運動と聞くと議会制民主主義を無視するというイメージがぬぐいがたくなったと語った。「でもね、劣悪な生活環境の改善、結婚差別や就職差別をなくそうとしてきた努力、義務教育での教科書無償をはじめとする教育条件の改善なども考慮に入れて同和行政や解放運動の功罪を考えてみようよ」と応じても、これは「暴走」を生む構造や対応策を説明していないし、もちろん成果が不祥事を割り引いたり、帳消しにしたりはしない。
 事業が終わってもこの高校生が抱いたようなイメージは消えずに残り、同和地区と地区外との関係、人と人との関係になんらかの作用を及ぼしてゆくだろう。とすれば、いま重要なのは、一連の出来事はどうして起こったのか、これまでの同和行政や部落解放運動、教育、啓発にはどのような問題があったのか、こうした事態を生じさせないようにするためにはどうすればよいのか、といったことがらについての自由で開かれた議論とそれを可能にする関係諸機関の積極的な情報公開であるはずだ。
 事業が終了しようとしているのにいまさらもう遅いとは思わない。それどころか、今後、公正で信頼できる人権施策がなされるためには避けて通れない課題でありはしないだろうか。



わたしを揺るがした二週間(上)     野町 均

 さる11月19日朝日新聞の朝刊「私の視点」欄に、「同和行政−問題の所在、自由に議論を」と題したわたしの記事が掲載されました。部落問題について、いま、いちばん、訴えたいことのひとつを書いたつもりです。
 6月におなじくこの欄に執筆された住田一郎さんが、記事の反響を丹念に記録しておられたのを見て、わたしも氏に倣ってまとめてみました。寄せられた感想や意見に、自身の気持をくわえています。日記形式ですので、あらずもがなの私生活の一部分もあったりしますが、読みようによっては、現代の部落問題(をめぐる言説)の状況の一端が見えてくるかもしれません。
 ご意見やご感想は私信や私的な会話で寄せられていますので、プライバシーを考慮し、人名はアルファベットにしました。読みづらいと思いますが、ご容赦ください。なお、実名で示した方にはご了解をいただいています。

11月16日(金)
 夜、11時30分、朝日新聞東京本社より、FAX がはいる。19日掲載予定の最終稿である。つづいて上丸さんより、FAX 着信を確認する電話があり、最終チェックをお願いしたい、直しがない場合でも電話をくださいとのこと。確認して電話を入れる。「部落問題がテーマですので、いろんなリアクションが予想されます。住田一郎さんがこの欄で発表されてからいろいろとあった例もご承知とは思いますが、でも言論活動にはそうしたことは付き物ですので」と上丸さんが気遣ってくれた。地方紙には書いた経験もあるので、「わかっているつもりです」と応えたが、うーん。

11月18日(日)
 今回の原稿は高知県で同和行政の一環として生じた12億円あまりのヤミ融資事件に触れるかたちで書いている。じつはヤミ融資に先行して県は14億円をモード・アバンセに融資している。議会に諮られなかった12億円の不当性はいうまでもないが、検察側はこの14億円についても、モード・アバンセ側ははじめから騙し取る意図をもち、副知事側もそのことを承知し、しかも商工労働部の経営診断班長の融資危険の報告や自治省から出向してきていた財政課幹部職員等の反対を押し切って融資した、つまり詐欺罪と背任罪にあたるとしている。そしてモード・アバンセは協業化された新工場建設用地として、某暴力団組長の土地を購入していた……といったふうに、これまでにあきらかになった事件の全体像をまとめた『黒い陽炎−県闇融資究明の記録』(高知新聞編集局取材班)がおりよく昨日か一昨日に刊行予定だったので、さっそく購入して読みはじめ、一気に読了。
 連載中から注目していた記事で、あとで出版されるにちがいないと思い、切り抜きしなかったので単行本化されなかったらどうしようと心配していたから、とりあえず安心した。出版に際しては加筆とともに、資料をくわえている。高知新聞は地域の独占情報権力のありかたという観点からすればいろいろ考えさせられる新聞社であるのだが、この事件についての勇気ある報道と丹念な追跡には尊敬もし、脱帽もした。本書は事件についてのこれまでの報道の集大成であり、今後、地方政治、同和行政を考える際の重要な文献になることはまちがいない。地方出版なので、書評を書いて、部落問題に関心のある方々にぜひ知らせておきたいと思った。(註 ……と書きましたが、朝日新聞の記事の反応をまとめてみては、と藤田敬一先生がおっしゃってくれたので、この日記稿を発表することにしました。そのため、ここでお知らせすることができましたので、書評執筆はとりやめます。一読にあたいすることはたしかです。1300円+税)

11月19日(月)
 朝6 時30分、朝日新聞を開いた。予定通り掲載されている。
 6月にこの欄を執筆した住田一郎さんは、部落解放同盟大阪府連住吉支部執行委員の肩書きを載せていて、これについては住吉支部の幹部から査問という言葉が連想されるようなクレームがついた。その顛末は住田さん自身が丹念に書き留めていて、メールで送ってくれている。部落解放同盟は共産党と対立関係にあるのに、組織を構成する者の言論活動に対するコントロールという点では同様の体質を持っているのだろうか。
 それとは別に思うのだが、不特定多数の読者に読んでいただく際には肩書きが必要というのが社会常識である。肩書きなしで通用する人はともかく、こうした場合の肩書きは握手代わりのようなものなのだろう。安心しておつきあい願いますよ、という感じ。よしよし、握手してやろうというのと、あんたなんかとは握手したくないな、と思わせることもふくめて。
 理屈の上では個人として書いているのだから、肩書きは必要ないのだが、そうもいかないのが現実で、今回は「高知県高等学校同和教育研究会副会長」を用いた。こういう立場で同和教育、人権教育を推進していますよという意味になるだろう。「高校教員」では雑だから、「高知県立高岡高等学校勤務」でもよかったけれど、職場へ抗議の電話がかかってきたりしたら迷惑がかかるなあと考えもした。いちおう、副会長として会長には事情を説明し、会長や事務局長に電話があれば、こちらで対応するから、と言ってある。
 出勤。職場へのクレームの電話も予想されないわけではないのでコピーを校長、事務長には渡して、事情を説明しておいた。
 午前中、K高校の校長より電話をいただく。記事に共感した。また、短い文章にわかりやすく、本質的な内容がはいっていると感想をおっしゃってくれた。
 職員室で朝日新聞を読んでいたN先生が読み終えて「そのとおり」と声をかけてくれた。「しかし、いちゃもんをつけたい人は、なんとしてでもつけてきますからね」。同和教育主任の経験者ならではの発言と言うべきか。
 午後、定時制のK先生が廊下で、「朝日新聞読みましたよ」と声をかけてくれる。その直後、T氏から電話。Tさんは昨年末に退任したが、それまではずっと部落解放同盟高知県連の幹部だった。ヤミ融資事件で執行部全員が退任したので、氏もそのひとりとして引責辞任した。ある人がTさんに電話をかけてきて、氏の知り合いが電話で、きょうのあの記事は解放同盟に不利なものではないか、書いたのは共産党かと、御注進ならびに質問に及んだとのこと。
 部落問題関連の記事を見て、部落解放同盟に有利か不利かを基準に判断し、疑わしいのは「共産党」とくる御仁が世の中にはいるということだ。名前を聞いてTさんはわたしのことを説明してくれたのだった。あれは、まあ共産党ではないとかなんとか言ったのだろうか。その時点では朝日の記事を知らなかったTさんはすぐに読んでみた。そこで、わたしに電話をかけてきたわけだ。
 記事を読んだが、藤田さんの『同和はこわい考』を読んでいる人ならまだしも、ああいうかたちで、つまりナマのままの引用では誤解を生む、それに今度の事件では、自分としても言いたいことがいろいろあり、いま、弁護士に相談しているところである、一度、話したいからそのうち会おう、との趣旨だった。折をみて電話をしてほしいと言ったので、わかりましたと応えた。牽制とは思わずに、後日律儀に電話をすることにした。
(註 本稿を書いたあと、福岡県在住のTさんという方からお手紙をいただきました。朝日新聞宛てに寄せられたものです。ご了解を得ましたので肩書きについての部分を抄録してみます。
 「19日の『私の視点』を読みました。大賛成です。投稿されるにあたっては相当の勇気が要ったのではないですか。肩書きを見て驚きました。副会長をしておられてよく投稿をなされましたね。福岡県ではそういう考えをお持ちの方がそういう役につかれること自体が考えられません」。)

11月19日(月)夜間の部。
 横浜にいる息子から電話で、記事を読んだと連絡がはいる。書き上げた際、文意がつうじているかどうか、目を通してもらって感想を聞いているので、内容についてのやりとりはなし。
 「おれの場合はどうってことないけど、住田さんはね」と、くだんの肩書きについてのはなしをすると、思考を公共的に伝える自由を奪おうとするのは、思考の自由をも侵害しているとカントが述べていると言うので、「そんなだいじなことはもっと早く知らせてくれなくてはいけないっ」。するとあちらは「そういうことは全部、齋藤先生の本にある。だから読むように勧めてあったじゃないか」。
 齋藤先生とは、愚息が学部のゼミから大学院のいまにいたるまでずっとお世話になっている齋藤純一氏(政治思想史)。単著として『公共性』(岩波書店)があり、「齋藤先生の本」とはこれを指している。訳書にハンナ・アーレントの『過去と未来の間』(みすず書房)やウイリアム・コノリー『アイデンティティ\差異』(岩波書店)などがある。コノリーの訳書を読みかけたが、あまりにむつかしくて断念したいきさつから、訳者の書き下ろしもなんとなく敬して遠ざけていたのだったが、これは読まなくてはいけないと、息子とのやりとりでピンと来た。いま、読んでいる、ひろたまさき『近代日本を語る−福沢諭吉と民衆と差別』(吉川弘文館)を終えたらさっそくとりかかることにしよう。
 東京にいる娘からも電話があり、田端でバイトが終わって駅で朝日新聞を買おうとしたら、もう夕刊だけになっていたので、自宅近くのコンビニへいまから行ってみると言っていた。(翌日、入手したと報告あり)

11月20日(火)
 同和教育主任をしていたころ、しばしばホーム担任、副担任としてコンビを組んでいただいたH先生から電話。新聞を読んだ、100%賛成、文章もよい、とお褒めにあずかる。いつもどおりの元気のよい声で。それだけで心がはずんだ。おなじく高校に勤めているご亭主がコピーして持ち帰ってきてくれたとの由。
 同僚のK先生が教頭先生の論文が朝日新聞に載っていると人から聞いたので、図書館へ行って読まなくてはとおっしゃるので、コピーを渡す。
 あとで「これまで、なんとなくもやもやしていた問題がこの文章によってすっきりしました」と感想を述べてくれた。コピーを持ち帰って夫にも読ませます、とも。
 前任校で同僚だったM先生と電話で話す。
 「職員室で新聞を開くと先生の記事があったのでびっくりして、思わず、あれーと大声をあげてしまいました。」「わたしは野町先生が述べておられるような主張が出てこなければおかしいとかねがね思っていました。そこへこの記事を読んで大いに共感しました。それにしても、朝日新聞がこの内容の記事をよく掲載しましたね、山本元副知事が逮捕されたときに記事では同和問題絡みなんてはっきりと出していなかったのに、その点でも驚いています」と彼女は語ってくれた。
 また、ヤミ融資事件をめぐっては彼女の周囲でも「社会的関心度の高い生徒は、同和行政、部落解放運動について議会制デモクラシーの無視、軽視といったイメージで捉えています。関心のない生徒が多いのはもちろんですが、たとえば○○くんや△△さんはそうしたイメージを抱いています」と言う。彼女が口にした生徒の名前は前任校なので、わたしも知っていて、とくに△△さんはさきごろわたしが「こぺる」(’01・8 月号)に書いた「差別をめぐる議論の風景」のなかで採り上げたミニスカート問題で保護者の発言を問題にした、なかなか鋭い生徒である。
 お礼を述べるとともに、朝日の編集の姿勢については、住田さんの記事を紹介して、説明しておいた。朝日の読者であり、それも政治経済の担当という事情もあって相当丹念に読んでいる姿をしばしば見かけているのだが、住田さんの論稿は未読だったのでコピーを送った。
 上丸さんからメール。今後も「私の視点」欄で部落問題を採り上げる企画があるとの由。たのしみだ。
 京都の次田哲治さんからメール。
 「写真入りの記事。すぐに目に付きました。反響、共感、逆風もかなりのものと思いますが、めげずにがんばってください。奈良でも奈同教が奈良県人権教育研究会と名称変更したのに続き、市でも同和を人権に変える動きが出ています。単なる名称変更にせずに、『組織の抜本的改革の機会にするべきだ』というのが私の主張ですが、なかなか同調者はいません。野町さんも逆風にめげずに(時にはかわしつつ)がんばってください」
 高校の理科の教員をしている妻がこのメールを読んで、それぞれの世界があるからよくわからないにしても、と前置きしたうえで、記事は突飛な内容ではなく、常識的、妥当な主張のような気がする、もちろん賛否があっても、「逆風」が起こるような反響が予想されるんですかねー、とのたまう。

11月21日(水)
 藤田敬一先生よりメール。
 「当日朝、貴兄の文章は読みました。コンパクトにまとめられていて論旨だけでなく心意気も伝わってきました。上丸さんの配慮というか、部落問題に対する彼のスタンスというか、いいねぇ。1950年代の朝日の記者の気概が思い出されます。あの文章は次の『通信』に載せさせてください。よろしく」
 お礼とともに、「通信」採録の労が少しでも省けたらと思い、原稿をテキストファイルにして送付する。
 D先生から新聞を読んだとの電話。賛意を示しながら、それにしても、あちらこちらへ気遣いをして書いていますね、とおっしゃられた。執筆時にはたしかに対立する意見が念頭にあったから、それが気遣いっていうふうに見えるのだろうか。
     (つづく)


●152号のあと、なにやかやあって『通信』が発行できませんでした。体調はいいんです。二日か三日に一度ぐらいの割合でプールにゆき、1 キロほど水のなかを歩き、サウナで汗を流し、それからほんのちょっと泳ぐだけなんですが、心身ともにリラックスできる。体重も54,5キロをキープ。ただし、この五年間守ってきたことが二つあります。プールから帰っても絶対にビールを飲まないことと夜十時を過ぎてからは食べないこと。「健康であるということだけではどうしようもないのであって、その健康をどういかすかが問題だ」などという人がいる。たしかにそうかもしれないけれど、そんな理屈がいえるのも健康のおかげでね。
●某日、小学校六年生と一時間話しあいました。「藤田さんが『差別っていったいどういうことですか?』と聞きました。私は、人と人とに差をつけてあつかったり、平等じゃないということだと思っていました。でも、藤田さんは『じゃあ、お姉ちゃんと自分とどっちがお年玉多い?』と言いました。私は『それもそうだなあ。でもこれは差別とちょっとちがうんじゃないかな?』と思いました。私は、藤田さんのおかげで、いままであんまり目を向けていない所まで目が行き、差別についていろんなことを考えさせられました。藤田さんは、人をいじめたことがあるっていってたけど、自分をふりかえることができる、これはいけないことだと気づいてあやまれる、さらに自分がいけないと思ったことをみんなに話すことができる、こんな藤田さんはすごい!と尊敬しました。あっという間に時間がすぎていました。もっと話し合いたかったです。でも、差別はすごくしてはいけないことだと学んだし、藤田さんの話を聞いて、いっぱいの思いをもつことができたので、すごくいい人権フォーラムだったし、来てよかったと思いました。」わたしの話は小学校高学年ならわかってもらえると考えていたので、送られてきた感想文に励まされた次第。
●最近読んだ本から   野町均に教えられて齋藤純一『公共性』(岩波書店、シリーズ・思考のフロンティア、00/5)を読んだ。「自らの言葉が他者によって受けとめられ、応答されるという経験は、誰にとっても生きていくための最も基本的な経験である。この経験によって回復される自尊あるいは名誉の感情は、他者からの蔑視や否認の眼差し、あるいは一方向的な保護の視線を跳ね返すことを可能にする。自己主張をおこない、異論を提起するためには、自らがある場所では肯定されているという感情がおそらく不可欠である。」(15頁)。応答というより呼応といったほうがわたしの気持にぴったりする。それはわたしがなによりも大切にしたいと願ってきたものだ。『通信』は他者との呼応関係を結ぶ絆であり、そこから「自尊・名誉の感情」とはちがう何かをえてきた。「わたしは人びととの呼応の関係に励まされ支えられてきました。いやもっとはっきりいえば、生かされてきたのです。『生きる力』は『生き合う』中でしかはぐくまれない」と書いた(『「同和はこわい考」の十年』98/11)のは、決しておおげさではない。
●10月24日から12月21日まで岐阜、愛知、東京、京都、新潟、大阪、奈良の延べ13人と1 グループから計94,440円の切手、カンパをいただきました。多謝。支出は郵送費(152号)と中質紙など計48,290円でした。本『通信』の連絡先は〒501-1161 岐阜市西改田字川向 藤田敬一(E-Mail<k- fujita@h6.dion.ne.jp>,郵便振替<00830-2-117436藤田敬一>)です。(複製歓迎)