同和はこわい考通信 No.145 2000.8.12. 発行者・藤田敬一

《 案内 》
第17回部落問題全国交流会-人間と差別をめぐって-
日 時  9月9日(土)午後2時~10日(日)正午
場 所  大谷婦人会館(京都・東本願寺北側、TEL 075-371-6181)
交 通  JR京都駅から徒歩8分、地下鉄烏丸線五条駅から徒歩2分、市バス烏
     丸六条から徒歩2分
内 容  講 演 竹田青嗣さん(明治学院大学)「社会批判と倫理的根拠」
     分科会 1. 報告 住田一郎  司会 畑中敏之・恩智理
         2. 報告 灘本昌久  司会 野町均・柚岡正禎
         3. 報告 山城弘敬  司会 山本尚友・東谷修一
参加費  A 8000円(夕食・宿泊・朝食・参加費込み)
     B 4000円(夕食・参加費込み)
申込み  ハガキ・FAXまたはインターネットで、住所・お名前(ふりがな)・
     性別(宿泊の方のみ)・電話番号・参加形式(A・Bのいずれか)を
     書いて下記あてにお申し込みください。
申込先  阿吽社 〒602-0017 京都市上京区上木ノ下町73-9
         TEL 075-414-8951,FAX 075-414-8952
         E-mail:koperu@par.odn.ne.jp
締切り  8月31日(木)

講師紹介-竹田青嗣せいじさんのこと
灘本 昌久
出会いのきっかけ
 今年の部落問題全国交流会は竹田青嗣さんに講演していただくことになった。恒例により、竹田さんの研究と人となりを紹介したい。
 私が竹田さんのことをいつ知ったのか、今となっては定かではない。今から十数年前、友人の熊谷亨さんがよく思想関係の面白い論文をコピーしてくれていたことがあり、その中に竹田さんの論文が入っていたことがそもそものはじまりのように思う。たしか思想関係の雑誌『ておりあ』かなにかだった。赤坂憲雄、小浜逸郎、小坂修平さんらの名が並んでいたように思うのだが、ずいぶん昔のことで、定かではない。しかしともかく、差別問題の旧来的な考え方を問い直そうとしていた我々とは、どこか共通する感性を感じさせるものがあった。
 そして本格的に竹田さんと知り合うようになったきっかけは、『ちびくろサンボ絶版を考える』(径書房、1990年刊)に掲載する座談会で、私の話し相手に誰をよぶべきかを径書房の編集部と相談していたとき、私が、それならぜひ竹田さんをお願いしたいと希望したことにはじまる(ちなみにもう一人の相手は岸田秀さんだ)。
 自分が好意的に評価している人と、はじめて実際に会うのは、なかなか緊張するものだ。初対面であるということ自体のほかに、いくら書物によって知っていても実物に会ってみたら幻滅させられることもないとはいえないので、自分の描いてる人物像が壊れることへの一抹の不安があったからだ。かの万有引力の発見者であるニュートンも、学問的な業績は多大なものがあったが、いっぽう、自分の論敵には病的な敵愾心を燃やし、公衆の面前で恥をかかせ、徹底的に叩きのめしてしまわなければすまなかったそうだ。しかし、幸いにしてそうした不安は杞憂に終わり、竹田さんの温厚な人柄と、考えにおおいにシンパシーを強くすることになった。

竹田さんの仕事
 竹田さんの仕事の全体像を紹介するのは、なかなか大変で、私の力量ではとうてい不可能である。といっていても、紹介の任を果たせないので、ここではとりあえず、哲学、差別論、文芸評論の三つの領域に分けて考えてみる(ただし文芸評論に関しては、私はまったく門外漢なので、残念ながら省略させていただく)。
 まず、第一に竹田さんの仕事の重要なものは、哲学の領域で、一言でいうと、現在流布しているポストモダン的言説の批判である。浅田彰以来のポストモダンは、マルクス主義的な体制思想を「脱構築」することには一定成功したように見えるが、その根っこには未だ同型のものを引きずっている。資本主義批判から社会主義へという反体制思想にとってかわったポストモダン思想の人々は、近代社会を全面否定することを通じて、現代社会を批判するスタンスを好んでとり、近代哲学の集大成的存在であるヘーゲルをやっつけようとする。こうした考え方に、竹田さんは異を唱え、ヘーゲルや、その後のニーチェ、フッサール、ハイデガーを現代に蘇らせ、とりわけ現象学では、竹田現象学というべきフッサールのまっとうな読みを通した独自の考えを著している(『現象学入門』)。この場合、竹田さんは哲学研究者同士の難解な論争としてではなく、多くの人にとって、生きる力になる哲学をめざす。「哲学とは本来、ある人間の自己了解として生きられなければ全く無意味なものである」(『自分を知るための哲学入門』)という、竹田さんの言葉にその考えがよくあらわれている。
 竹田さんの仕事のうちで、第二に大きなものに、差別論がある。竹田さんは、ご存知のように在日朝鮮人二世である。本名姜正秀(カン・ジョンス)、日本の通名中田修次、そしてもっとも知られているのがペンネームの竹田青嗣。最近でこそ、歌手の新井英一が韓国系日本人として認知されていることからもうかがえるように、朝鮮人の血を引く人が、日本名を名乗ったり日本国籍を取得するなど「同化」することに対する風当たりは弱まり、従来のバリバリの民族主義は目立たなくなったが、竹田さんがデビューした70年代後半から80年代初頭に、韓国籍の(現在も外国人登録証をもっている)竹田さんが日本風のペンネームを使うことがいかに大変だったかは想像にかたくない。民族の裏切り者とまでいわれたのも、むべなるかなといったところである。詳しくは、『〈在日〉という根拠』(国文社、83年。95年、ちくま学芸文庫の一冊として増補刊行)のあとがき315ページ以下を参照していただきたいが、あの「民族か同化か」という二者択一の命題が、多くの在日朝鮮人の青年を捉え、そしてまた苦しめていた時代に、敢然としてそれに異を唱えたことに私は驚くとともに尊敬を禁じえない。しかも、そのやりかたが、「民族か同化か」という問いを全面的に否定するようなやりかたでなく、その一見抑圧的な問いの存在の根拠を深く納得させる作業を通して、いわば内側から氷解させるようなかたちでなされていくのである。
 こうした方法に関連して、思い出すことがある。竹田さんは、現在は明治学院大学で教鞭をとられているが、以前、和光大学で民族差別論(通称ミンサロン)を担当していた。その竹田さんのゼミに参加していた学生の証言するところによれば、両大学において、在日朝鮮人学生は、竹田さんと会うか会わないかで人生がかわったそうである。つまり、竹田さんの思想に感化されて、等身大の自分を発見し生きていく力を与えられた人と、竹田さんに会うことなく、「民族か同化か」の狭間で揺れ動き、苦しみ、時には人を抑圧する人生を送るかということだ。これは、朝鮮人学生に限らない。日本人の中にでも、バリバリのポストモダン哲学青年が、世界の究極の真理でもつかんだ気分で、竹田さんのところにやってきて、知らず知らずに換骨奪胎(良い意味で)されて、「社会復帰」した人を私も個人的に知っている。

本の紹介
 竹田さんの講演を聴くにあたり、事前に読んでおく本をご本人にお聞きしたところ、さきほどの『〈在日〉という根拠』のほかに、『現代思想の冒険』(毎日新聞、87年。のち、ちくま学芸文庫)と『はじめての現象学』(海鳥社、93年)でどうかとのご返事をいただいた。前者は、最近のさまざまな思想に関する見取り図で、後者は、あることについての「真理の基礎づけ」の学ではなく、「確信成立の条件」を確かめる学としての現象学の解説である。こういうと、何か難解な哲学書のように聞こえるが、次のような文章を見れば、そうではないことがわかっていただけると思う。

…先の宗教の例が象徴するように、人間はさまざまな物語によってある共通の世界像を共有します。このことによって言葉は、ある社会や文化の中で、何が「聖なるもの」、「よいもの」、「目指すべきもの」であり、また何がそうでないか、という秩序を作り上げるための重要な役割を果たしているのです。そもそもそのような共有される了解というものがないならば、社会や文化というものは成立しません。/ところが何が「聖なるもの」、「よいもの」、「目指すべきもの」かということの実体的な根拠はありません。だからこそどんな社会でもそれを物語として作り出すのです。この幻想的な約束はひとつの共同体や民族の存続にとっては不可欠のものです。この約束を支えるのが言葉(=物語)の大きな力だと言えるのです。/しかし、この言葉の力はまた世界像の大きな対立を引き起こす源泉でもある。しかしまた、言葉から生じたこの対立を調整する努力は、言葉を通じてしかなしえないのです。(『はじめての現象学』104ページ)

つまり、部落問題全国交流会のいままでの議論にひきつけていえば、共同幻想というものの存在意義を了解するとともに、それがもたらす抑圧的機能を最小化するための合意をいかに共通了解として導き出すか、そして、いかにルールを編みなおしていけるかという問題を考えようということである。
 このほかに、私は『「自分」を生きるための思想入門』(芸文社、92年)も参考文献に挙げておきたいと思う。ここでは、「生きることが苦しくなったときに役に立つ技術」、「自分と他人、自分と社会の関係を深く了解するための技術」としての哲学が平易に語られており、同時に、拙著『ちびくろサンボよ すこやかによみがえれ』でも、かなり引用させてもらったのだが、弱者のルサンチマンがいかに、被差別者にとってやっかいなまでに甘美なものであるかについての分析がある。
 以上、やや竹田さんの哲学関係の仕事の紹介にかたよってしまったが、今回の講演は哲学志向の人向けに企画されているわけではないので、もう少し、今までの交流会での議論の積み重ねに即した内容にしてもらおうと考えている。

分科会報告要旨
第1分科会  住田一郎
 2002年3月に同和対策事業特別措置法時代の終焉を迎える。少なくないばらつきがあるとしても、30年に及ぶ諸対策事業が各地の被差別部落に見られた劣悪な実態を基本的に改善してきた事実に違いはない。この間、部落差別現象も露な形でなされることも大幅に減少した。当然、人々の差別意識も後退したと捉えることもできよう。もちろん、これらの状況は長年にわたる被差別部落民を中心とした部落解放運動による働きかけとそれに応じた人々、同和行政、同和(解放)教育による成果であった。
 だがしかし、部落差別問題が解決に向かいつつあるとしても、解決がいまだに大きな壁に阻まれていることも事実である。この壁の主要な責任を従来どおり差別する側の人々に負わす考え方は現在も根強い。「部落差別は基本的には差別する側の人々の問題なのです。差別する側の人々が自らの差別性に気づき、自己変革することが求められているのです」と、差別する側を一方的に断罪する講演者がいる。被差別部落民の中にもこの指摘を当然だと考え、胸をなで降ろす人も多い。
 だが本当にそうなのか。いま仮に、差別する側の人々がすべて自己変革を遂げたとするなら部落差別問題は解決したと言えるのか。継続した部落差別によって疎外され、それによってつくられてきた被差別部落住民の〈いびつな生活スタイル(内面的弱さ)〉も人々の自己変革によって他律的に改善されると言えるのだろうか。私には差別する側の一方的な自己変革だけで部落差別問題が解決するとは思えない。そもそも部落。非部落の相関関係による今日の部落差別問題において、一方的な自己変革そのものが不可能ではないのか。差別する側の自己変革をうながす人々の中にも良心的な人は数多い。彼らに被差別側の課題が見えないわけではないが、あえて指摘することを躊躇する人々でもある。それ故、私たちは指摘しない(されない)ことを被差別側に課題がないと捉えるわけにはいかないのだ。彼らの躊躇に私たちは応えなければならない。部落差別の傷痕でもある自らの〈いびつな生活スタイル(内面的弱さ)〉と対峙し、鋭く抉りだすこと。その課題との格闘が今日における部落解放運動の重要な環であると捉えることである。

第2分科会 灘本昌久「解放から融和へ」
 部落解放運動の基本路線は、長らく「解放」であった。確かに、部落民自身が団結して、マジョリティの社会に挑んでいったこと、またいかざるを得なかったことは事実である。しかし、部落解放同盟の言う「第3期の部落解放運動」の基本路線は、「融和」ではなかろうか。「解放」は、「部落民としての解放」であるならば、「融和」は、「部落民からの解放」。「解放」が部落・非部落を意識させるものであるのにたいして「融和」は部落・非部落そのものを無意味化する。また、運動の主体は、「解放」は部落民、「融和」は部落差別を無くそうというすべての人々。その他、同和事業後の運動として考えられるさまざまな取り組みを「解放」か「融和」かというキーワードで考えてみる。

第3分科会  山城弘敬
[1]部落解放運動に参加する中で感じつづけてきた限りなき閉塞感。その中で問い始めたことが、「現在、部落問題はどのように存在しているか。なぜ存在しているか。どうしたらなくせるか」であった。その問いは、「部落・部落民・部落差別とは何か」へとつながる。
 自問、あるいは議論で明らかになってきたことは、それらの答えではない。部落や部落民・部落差別は、誰もが納得できる明解で論理的な輪郭を持っていなかった、したがって最初の問いに対する答えも、明確にすることはできなかったということである。
 他者に強制できる「正しい認識」は不在。だが自らの信念は別。自分が出会ってきた問題と向き合うこと。装飾を捨て、出会った現実のみを見据えること。これを唯一の出発点として、自らにとっての部落問題を考えること。
 部落問題の基本的な諸概念や、現状・原因・解決方法について、多様な理解の併存と、それに基づく開放された議論の存在は、自らの理解に対する批判を保証し、自らの理解の客観性の獲得につながる。またそれぞれの理解の限界性を運動として補完しあい、運動の機能的な有効性を高めるだろうということ。

[2]部落が持ちつづけてきた様々なマイナス要因は、「部落差別の結果」との側面ばかりが強調されてきた。しかし、それらは「部落差別の原因」ともなりうる。これをどう解決するのか。
 同和対策事業は、基本的にこの問題に対してもっと大きな力を割いた。相応の成果をあげたが、それは人とともに部落外に流出した。経済的貧困への取り組みではなく、そこに癒着する文化的低位性に対する取り組みが求められている。そのヒントは、他の社会運動の中にいくつも存在する。エコロジーやオルタナティブ、あるいは協同組合などだ。このような取り組みを実現するためには、長い間の宿題も並行しておこなわなければならない。行政依存と立場の絶対化の問題である。
 行政の存在は無視できるほど小さくはない。しかし、すべてを行政の施策を通じて解決できないことは、過去が証明している。これをどう総括するかは、今後の行政施策のあり方とも絡んで重要だろう。
 立場の絶対化を乗り越えることもまた大切だ。部落問題とは、つまるところ人と人との関係の問題である。互いに対等の立場に立つことを否定された現在の姿では、どのような取り組みも意味を持たない。平然と義務を果たさぬ自称「部落民」と、それを批判しない自称「部落民でない者」の関係をどう断ち切るか。
 現実の差別と向かい合う人の結びつきを、小さなところから実現し、具体的な取り組みへと結実させたい。

《 各地からの便り 》
○通信の「結婚をめぐる一女性の相談にのって」を興味深く読ませていただきました。娘にも読んでもらおうと思っております。また『こぺる』6月号の野町均さん「『悲惨な体験』、『「厳しい現実』」にもいろいろ考えさせられることがありました。他人を他人とも思わない風景が広がっていると言っておられますが、何となくわかる気がします。
 今、私はボランティアで、主任児童委員という仕事をしています。不登校の家庭などに多少かかわっております。そういう点では5月号の中西ひとしさん「『子どもの社会力』をよむ」も興味深く読ませていただきました。地域づくりの大切さは、現在、学校でもさかんに言われておりますが、具体的な活動になるとなかなかしんどいものがあります。私もこの新書を一度読んでみようと思います。  (愛知 T・Tさん)

○今回の石原さんのケーススタディーは現代の相談口として、新しい分野の啓発かとも思い、現実的でした。  (京都 K・部落問題委員会)

○石原さんの文章は、差別問題の根幹にかかわる内容で、もし自分だったらと思いつつ拝読しました。まだ自分ならどうかという答えのきっかけもつかめていない状態です。相手の顔を見ずにインターネットを通して意見を交換することがもつプラス面とマイナス面もあると思いますが、本当に誠実に考え対応しておられることが伝わってきます。最終的には自らが選ぶべきものであることですが、いろいろな情報を咀嚼し、考え抜いての決断ならば、それだけ強いものになると思います。何事も原点を忘れないことが大切だ、ということを教えていただいたと思います。  (兵庫 K・Yさん)

《 川向こうから 》
●前号本欄に「体調はいいんです」と書きましたが、実はあのとき猛烈な歯痛にみまわれていたんです。どうもヤブにかかったらしく、えらい目に遭いました。医者を変え、やっとおいしい肴をあてに酒が飲めるようになりました。
 さて、ごらんのように今号は交流会特集です。講師の竹田青嗣さんは1947年大阪生まれ。どんなお話が聞けるのか楽しみです。九月の京都はまだ暑さが残りますが、ぜひお出かけください。待ってます。

●部落解放同盟奈良県連(山下力委員長)などによる部落解放研究集会が生駒郡斑鳩町「いかるがホール」で開かれます(9月2日10時半~3日11時半)。呼びかけ文には「21世紀を人権の世紀に、という掛け声ばかりがしきりに聞こえてきます。どこかに人権社会なるものがあったわけではありません。『一切の差別のない世の中』など夢見ることは愚かなことです。われわれの周りで生起する差別的言動や人権侵害行為に対して、とりあえず『異議申し立て』する意志と能力を培うことが大切ではないでしょうか」とある。わたしも「部落の内外をつらぬく具体的な市民運動を通して人と人との関係を豊かに変えていこう」をサブテーマにした第2分散会のコーディネーターとして参加します。刺激的な議論ができそう。詳しくは奈良県連(TEL 07443-3-8585)まで。

●最近読んだ本から───☆長田 弘『読書百遍』岩波書店、00/6第3刷(初刷は86/10)。「子どもの本の世界にはまちがう自由がある。まちがってもゆるされるというんじゃなくて、まちがいそのものが正しさとおなじだけの価値をもっている。まちがうこと自体創造的なことであって、まちがう自由そのものが自由の根拠でもあるというような。しかし、わたしたちをとりまく日常ではまちがいと正しさとは画然と分かたれていて、まちがうことは悪いことだとされるでしょう。どんな問いにもかならずこたえがあって、こたえには正しいこたえとまちがったこたえがある。しかし、そうじゃないんです。まちがうことなしに正しさなんてないとおもうし、まちがうことのできないような人間なんてつまらないし、淋しい。まちがうことの禁止された世界というのは息苦しくてやりきれないでしょう。だけれども、やっぱりまちがうことの容易に許されない、あるいはまちがいと正しさとがはっきり分けられているような場所に、わたしたちは立たされているということがあるとおもう。」(10、11頁)長田のこの発言につなげていえば、瀰漫する「問い軽視・答え重視」の風潮もまた見過ごせない。

●本『通信』の連絡先は、〒501-1161岐阜市西改田字川向 藤田敬一(Mail〈jk-fujita@ma3.justnet.ne.jp〉 、郵便振替〈00830-2-117436 藤田敬一〉)です。(複製歓迎)

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