同和はこわい考通信 No.133 1999.5.13. 発行者・藤田敬一

《 採録 》
○書評『「部落民」とは何か』
                    大阪大学部落解放研究会『みちくさ』No.13,99/2/6.
 つつ、ついに出た。なんなんだこれは。普段、完読することはめったにない私も一気に読めてしまうほどだ。ただ、単に読みやすいというだけでなく、語られることばに溶け込んで、フムフムと相づちを打ちながら聞き入っているような、そんな居場所を与えてくれる。/本書は、「部落民」とは誰かを予測して書き並べていたり、某有名「部落民」をリストアップしているものではないことは見当がつくだろう。これは、1997年13日(土)~14日(日)に行われた第14回部落問題全国交流会でのシンポジウムをまとめたものである。住田一郎さん、畑中敏之さん、原口孝博さん、山城弘敬さんをパネリストに迎え、なぜいまこのような自明の「ブラク・ミン」を挙げ、論陣を張っているのだろうか。それは、自称「部落民」にせよ、他称「部落民」にせよ、誰にせよ、一読をすすめるしかない。
 ここでは、筆者が「部落民」であるという前提でパネリストの問題提起を紹介することにしたい。/なお、「被差別部落民」、「被差別部落出身者」、「同和地区住民」、「ムラびと」を表す言葉を「部落民」に統一することにした。

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 「部落民」であること。または、「部落民」でないこと。わたし(あなた)は、「部落民」である。わたし(あなた)は、「部落民」ではない。編者の藤田敬一さんは、部落差別の鍵を「差別する側」と「差別される側」の両側から超えて、人と人との関係性からひもとこうとしている。「これまでの部落解放運動や、「同和」行政、「同和」教育、啓発の場において、「部落」、「部落民」、「部落差別」を十分な論議をしてこなかったのではないか。対話が途切れ、関係がねじれ、ゆがんでいる事実を見つめること」を強く語りかける。いまここの問題、われわれとは誰なのか。誰を含めるのか、含めないのか、つまり、「私は何者か」が問われている。そこで、畑中さんの〈ひとくくり〉と〈ひとりひとり〉という提起が成り立つ。
 (略)評者はこれまで、自分を語ることは、「部落民」である自分を語ることであり、「江戸時代に『えた・ひにん』っていう…」という風に表現するのが当然のことであった。
 畑中さんが、『「部落史」の終わり』(かもがわ出版、1995年)を提唱したのは、「部落民」とは誰のことなのかを問うてのゆえんであるという(「身分・身元・アイデンティティ-「部落民」とは誰のことなのか」『こぺる』49号、1997年4月)。論軸は、「部落民」による「自分は何者か」という自己認識のあり方を問題にしている。同時に、畑中さんは、これまでおそらく言われることのなかった、集団的アイデンティティと個人的アイデンティティの分別を提起しているのではないだろうか。「集団への帰属意識がひとくくりの人間認識として、一人ひとりの自己認識を阻害する可能性がある」というのだ。集団の責任と個人の責任をおろそかにしてしまうことを否定しているように見受けられる。評者は、この自己認識を、責任能力によみなおしてみることで、さまざまなことが見えてくることに気がついた。一つの事例は、文字やことばを操ることに欠けることや自己表現できないでいることに気づいた評者が、それを「部落」の責任にしてきたことである。これは完全に「甘え」である。しかし、住田さんは次のようにいう。「部落差別を受けることからくる傷痕、内面的弱さといった文化的土壌があるのにそれをわからない」と。このお言葉を聞けば無神論者の評者も、住田さんが神様のように思え、内心ホッとする。「部落民」であることの弱さなのか、個人の弱さなのか、ともかくもこれを被差別である自分が背負うべきであるという。ひとくくりにして、認めることを前提にした住田さんの提起は、カムアウト(部落を名乗ること)を通じて、「差別する側」と「差別される側」の二分された関係の修復をしようと試みている。一つの条件は、「部落民」である自らを認識する(客観的に自覚認識する)過程を通じて乗り越える主体にまで高めていかなければならないという。そうなんです、問題は。「部落民」が通過儀礼のごとく行うカムアウト(部落民宣言)は、特に「同和」教育や解放教育のなかで、積極的に取り組まれてきた。教室でクラスメイトにカムアウトすることが、それが「部落民」であるという自己認識と取って代わった。しかし、カムアウトをすれば、相手の反応は、「そんなん関係ないやん」で途切れてしまう。そして、ここまででカムアウトの役目は果たされたのです。住田さんはそれから「何が関係ないねん。話してくれたらいい」と。相手の反応や疑問に受け答えを期待するのである。
 住田さんの〈名乗る〉という作業を〈遂行表現〉とイメージすれば、わかってもらえやすいかもしれない。「部落民」が一歩出ることによって、その場限りで途切れがちな対話をつなごうとするのだ。そうなると、名乗りというのも一種の自己表現ではないかと思う。カムアウトが自分を表現するための手段でなく、目的でしかなかった評者にとっては、考えさせられるところが多くある。
 そこで、「名乗る名乗らないの問題ではなく、部落民であることから無縁の生き方があるではないか、(できることは)自分で自分が何者であるかを知る力をつけてやる、そこまでだ」と畑中さんがいう。んんー。「部落民」とはいっても個々によって、「部落民」であることの気づき方、関わり方、学び方が異なる。その「違い」のある「部落民」を敢えてはかるならば、住田さんのいうところの〈被差別の内面的弱さ〉の結果としての何ものでしかないと思う。結局、「部落民」であることのこだわりから生まれる熱意や格闘のもと、「部落民」として「みんな一緒(ひとくくり)」にするときもあれば、はみだすときもある、そんな目盛りのないものさしのようなものだ。その境界を主体的に揺れ動きながら普遍化して、さまざまな自分の位置や捉え方ができ、世界観も位置によって見え方、見方が異なる。そこで、一括りにしてきたものが何なのか。誰がそうさせてきたのかという浴口勝也さんの意見がある。一括りの縛りから一人ひとりへどうやって飛び出したらいいのかという原口さんの問い、「個と共同体」があてはまる。

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 原口さんは、(略)「部落民」であるとかないとかに囚われるのは、〈共同幻想〉だというのだ。評者がこの概念を初めて知ったとき、ハタハタと崩れ落ちるように楽になった一方、「部落差別問題はもう解決したのか」と率直に感じた。そもそも、存在するはずもないところにさせられているという意味では、「部落民」というのはいないし、共同幻想であるという見解は3人とも意見が一致している。(略)
 原口さんの論軸は、どうやら、「観念は実態の反映である」「低位な実態があるから差別意識がある」といった〈実体反映論〉の土台であるマルクス主義からの脱却である。もう、こんへんになってくるとなんだか小難しい話に思えてくる。実に苦手だ。原口さんは、血縁、カースト制を部落差別の最も部落差別的なところと捉え、それを個々人が、あるいは「部落民」が受け継がなければならないことを問う。つまりは、「部落民」であるという意識も、「部落民」でないという意識も、部落差別は共同幻想であると考える。「部落民」であるという枠組みをズラし、自分を客観視するときの位置を問題にしている。このような考えは、「部落民」の誰かが差別体験をするとみんなが差別されたことになるという考えは、成り立たないことになってしまう。差別事象がなくても被差別体験を共有し合ったものだが、このような認識方法論は〈差別への怒り〉のかけらもないのではないかと敏感になってしまう。〈共同幻想論〉は、いまにはじまった議論ではないが、部落差別を〈共同幻想論〉という考えを用いることによって、認識を与える〈権力〉を生み出すような部落解消論や部落責任論でもないところから探りたいと思う。

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 山城さんは、むしろそういった囚われや歴史認識のために「部落民」としてひとくくりにしてしまうことで、「部落民」であるという自己認識によって歪められている関係を問題にし、部落差別問題という括り方に疑いをほのめかす。
 例えば、自身の体験から、差別されている実感はなかったが、自分は、部落民であるという意識をもっていた。つまり、自分が差別される存在であることを知っていたというのだ。被差別体験がないのに被差別意識が表れるのは、山城さんに限らず、かつての評者同様、いまの子どもたちにも多少関係するところはまだ残っていると思う。(略)また、穢れと部落差別にかかわる屠場についても、日本固有の歴史や文化だけの問題ではなく、シカゴでは「黒人」がそれを担っているといった、世界にもある共通の問題という(「自らの部落民意識と向き合う」『同和はこわい考』通信101号、1995年12月)。(略)このような山城さんの見解は、極論、差別を受けないために「部落民意識を捨てよう」、「差別は気の持ちよう」に行きついてしまわないか。それでは、差別への怒りがなくても差別問題は解決してしまう。しかし、山城さんは、「いまなお深刻な差別問題」として語られる部落差別問題を疑い続ける態度を崩さない。
 また、住田さんのいうカムアウトに限らないが、部落を名乗ったあと、部落民であることが有利になり、そのあとどうするのかといった提起もある。名乗ることで、「部落民」が有利になるという話に、少し評者の意見がある。「名乗り」の中身にもよるが、名乗ることで有利になるのではなく、それ以前にマイナスのイメージの名づけや位置づけ、しるしづけのような烙印を貼られることの問題だと私は思う。存在するはずもないところで名乗り、無意識のうちに実体化されることは、有利なのではなくむしろ、存在させられたという意味でそれも権力関係にはめ込まれたことになるのではないか。名乗ることが権力になるのは、個々においても集団においても〈違い〉という名のもとで、その〈違い〉に権力利用や、差異化、非対称的なものがあるからではないか。部落差別問題はやはり近代の部落差別問題から、として考えたい。(略)
 「部落民」にとって他者との〈違い〉は何であろうか。一般に、部落に住んでいるかどうか、(主体的に自己を通して自覚していることが前提の)「部落民」であるかどうかくらいと思う。「部落民」それ自体が多様であるが、実体化している意味では同性愛者も「部落民」も〈存在にされてしまった〉問題である。〈違い〉が〈違い〉として認められるなら、敢えて表明する必要はないのだ。おっと、ここは、比較研究の書面ではないので避けておきたいがもっと何か重要なキーがあるようだ。

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 書評だかエッセイだか、書くにあたって思うのは、「部落民」を抱え込むことがなぜ、マイナス評価をしているのだろうかということだ。評者自身、〈部落民の誇り〉という確たるものは持ち得ていないが、出発点のラインは踏み込んだつもりである。それは、部落民である自分を引き受けるということである。そのなかで、個人であっていいことと集団であっていいことの分別に気づいたからであろう。また、これまでの他者を通してではなく、自己を発見することによってうまれる自己認識が芽生えたことにもある。
 「部落民」とは何か、自分は何者か。まだまだこれからである。(略)
                              (Lovely Babyface)

○藤田 晃三:『「部落民」とは何か』を読んで-原口孝博君への手紙
                    福岡『水平塾ノート』No.1,99/2/17.
 お元気ですか?『「部落民」とは何か』を年末に入手し、今日一回目を読み終わりました。この年ですから、頭を整理するためには、もう何回かゆっくり立ち止まり立ち止まりしながら読まなければなりません。
 共感できる点も共感できない点もありましたが、とりあえず、僕がもう一度この本を読み返す場合の視点のようなものを書いてみます。詳しくは、今度会ったときじっくり話してみたいですね。

1.
何故これまで解放運動の自明の前提であった部落や部落民がこのような形で問われているのだろうか。/これは「何故これまで問われないできたか」という点より、「何故そのような問いが、問いとして成立するようになったか」という点に力点を置くものです。僕自身それには深い根拠があり、現代社会の構造的、社会的思想的変容の中で位置付けるべきだと思っています。

2.
部落差別を世代論として各世代別にもう少し詳しく見て行く必要があるのではないか。これは加藤典洋のいう自分たちの世代までが担ってきた部落解放というバトンを一度地面に置いてそれを若い世代がどのようにして拾いあげるのか、あげないのかという問題をその中心に含みます。カムアウトの問題はこのような世代論の中で論じてこそ意味があると思うのですが。

3.
1の問いと深く関連しますが現代社会の変容の中における人間の生き方として、これはライフスタイルの喪失、生の実感の希薄化の中で、老若男女が存在不安という形で底板がゆさぶられ、亀裂状況を呈しているとき、部落差別の位置をもう一度確認すべきではないかということです。

4.
3と関連しますが、今回出版された本は僕には「部落」という言葉をほんの少し他の言葉と入れかえれば、ほとんど人間の存在論に近いものに思えます。勿論僕にはこのような方向こそ、多くの人の共通の思考基盤に立てると思っています。

5.
部落差別における当事者性の理解の仕方について。/僕自身、孝博君と違って、差別者の側の置かれたものも、被差別の側に置かれたものも、差別という事実が迫る精神的深度も強度も同じであると思っています。そうでなければ考えることそのものが無意味になると思います。僕自身も「もしかしたら自分は他者の痛みがわからない人間ではないだろうか」という問いを「殉教者的精神」と名付け、その行方を追及したことがあります。(略)

○「部落(民)アイデンティティ」論の幻想-雑誌『部落』
                    奈良『部落解放運動情報』No.31,99/2/20.
(前略)「部落解放と研究動向・『部落(民)アイデンティティ』論の幻想」と題した尾川昌法さんの文章(は)(略)冒頭から部落問題全国交流会の論議や『「部落民」とは何か』(阿吽社)がヤリ玉にあげられていて、ちょっと興味深い。
 ところで、「部落(民)アイデンティティ」論って一体何なのだろうか。「近年、解放同盟にひろがっている」「部落差別を対象とする研究者の間でもたしかにひろがっていて無視するわけにはいかない」などと書かれているが、何を指しているのか私にはさっぱりわからない。/尾川さんは、住田一郎さんの「カムアウト」をめぐる主張を例にして、「部落民衆のアイデンティティへのこだわり」と表現する。そして、これを「一部の研究者たちがあおりたて支援するという状況がある」として、社会学や民俗学などの動向について展開していく。
 それにしても、住田一郎さんの持ち出し方がずるいではないか。「僕は部落差別がなくなっても『かつて被差別部落といわれていた住吉です』と胸を張っていおうといつも思っています」という言葉を引用して、「ここには部落問題解決への展望と確信をもてないとまどいが表明されている」と決めつける。そして住田さんが、部落解放運動のなかで「被差別部落民の担うべき主体的責任のありようは問題にもされてこなかった」と指摘しているところなどをとらえて「解同路線の誤った『理論』への痛切な批判でもあった」と持ち上げている。その解同路線が「いまなお部落民へのこだわりを生みだし、住田氏を傷つけているといわねばならない」というのである。別の箇所では、「誠実な活動家・協力者たちにとまどい・こだわりを生みだしている」とも書かれている。
 この自分勝手な解釈は、尾川さんの文章全体を貫くものだ。「部落(民)アイデンティティ」論なるものであれもこれもひとくくりにして、そのなかから都合のいいところだけをピックアップして批判を加えるやり方である。批判すること自体が目的になっているからそうなるのだろう。「部落(民)アイデンティティ」論には、解放へのためらいや「今日の部落の変化、差別問題の解消過程を承認したくない気持ちと部落民を異質な何かにして存続させておきたい願望」が示されているという。結局のところ、これが言いたいだけなのだ。
 最後の部分に「部落問題研究の理論的発展のための契機となることを願って」として、こう記されている。「アイデンティティ論者たちに多く見られる『ありのままの語り』や『想い』という心情主義・実感主義、または客観主義」は、「無原則な仲間主義か誤った結論しかうみださない」「わたしたちの行為の正当性は、歴史発展の必然性、合法則性にもとづいて説明されなければならない、というのが史的唯物論の方法論」だというのである。つまらぬことを言うものだ(正直に言えば、私には難しすぎて……)。「部落(民)アイデンティティ」論を「観念遊戯」だと規定しているようだが、言葉をもてあそんでいるのはアンタやで、と私は思う。
 いずれにしても、『部落』にこうした主張が展開されているのは、「部落民とは何か」として始まった論議が無視できない存在になっていることの証でもあるのだろう。(J)

コメント.
 「行為の正当性は、歴史発展の必然性、合法則性にもとづいて説明されなければならない、というのが史的唯物論の方法論」だなどと正面切っていわれると、わたしなんかは逃げ出したくなる。尾川さんは学生の頃から少しも変わってない。ま、変わらないことも一つの見識ではありますがね。

《 各地からの便り 》
○ふじたさん。私も通信をつくっています。(ふじたさんがゆうようにオモシロイですね)部数は30ほどで小規模ですが。今回少しだけど感想を書いたので、ふじたさんにも送ります。

〈フリーサイズ通信〉99年4月号
 (略)藤田敬一さんの『同和はこわい考の10年』を読みました。藤田さんが言ってることのうち、私が今まで気づいたり、考えたりしてたことと重なるところはうんうんとわかりました(と思う)。
 ガハハと笑うおっさんだなあと思っていましたが、勉強会で講師をしてくれはった時、「100人いれば100の悲しみがある」と言うのを聞いて、あらっ、みかけによらず繊細な人やねんなあと思い、本を読んで、またそう思いました。(略)藤田さんは「自己分析的」な人だと思います。(ホーナイ氏著「自己分析」参照)私より、分析力、洞察力はずっと大きいけれど、おー我が友よっっと思いました。仲よくしましょうね藤田さん。(略)分析力、洞察力でいえば、みなさん99年1月の解放新聞のもろおか笑子さんの文を読みましたか。すごいっと思いました。まだ読んでない人はひっぱり出して読みましょう。もろおか笑子さんはもう亡くなっていませんが、生きておられて藤田さんともっと話をして一緒に本を書いたら、どんなにすごいのができただろうなと残念です。(略)

コメント.
 筆名「たべ吐きのすー」さんとは、「部落解放運動情報」誌主催の連続講座でお会いしたようですが、お顔が思い出せなくて…。申しわけなし。今度お会いしたときは必ず声をかけてくだいね。ぜひ仲よくしたいので。ただその前に文句を一丁、「みかけによらず繊細な人やねんなあ」とはどういうこっちゃ。ガハハハ。ところで、師岡笑子さんが生きておられたら、という思いはいまも強くあります。奈良の『解放新聞』が笑子さんの文章(金時鐘『さらされるものとさらすもの』の書評)を『紅風』(No.29,80/1)から再録し、こうして19年ぶりに新たな読者をえたことは、当時の編集者としても、また学生時代以来の友人だった者としても、ほんとにうれしい。師岡佑行さんは「涙が出るほど…」と喜んでおられましたよ。

《 川向こうから 》
☆連休中、東京など各地の友人たち総勢15人を迎えて恒例の山小舎交流会を開きました。東京の二人はなんと10時間近くかかってバイクで到着。夜道を狸と兎が先 導してくれたとか。戸田シェフが腕をふるったメイン料理、石原くんが円原川で釣ったイワナ(ただし1尾)、船坂くんがこの日のために釣っておいてくれたアマゴなどを肴に、おいしいお酒をいただきました。次回はいかがですか。

☆ある方が個人通信で『こぺる』の読者を募ってくださっています。「『こぺる』の人達は、人間と人間の関係を、とても大切に考えている、と思います。結局、『差別』というものをなくしていくには、個人と個人の関係を大切にしていく努力を、一方的ではなく両方からしていく、そうした行為が、遠回りに見えて実は近道ではないか、と考え、それを実践しているように思います。(略)最近では、『部落とは何か』とか『部落民とは誰か』という部落問題の根本問題についての問題提起を行い、『解放理論』に大きな一石を投じました。論争を常にリードしているのは間違いありません。ただ、そうした『解放理論』について新しい考え方を提起していますから、少し紙面が難解なのは認めます。しかし、それは『産みの苦しみ』と思って『こぺる』の維持に皆さんの力を貸してください」とある。第三種郵便物認可限度部数との攻防でとがり気味の神経が癒されます。ありがとうございました。あともう少し。引き続きお力添えをお願いします。

☆本『通信』の連絡先は、〒501-1161 岐阜市西改田字川向 藤田敬一 です。(複製歓迎)

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