同和はこわい考通信 No.132 1999.4.13. 発行者・藤田敬一

《 論稿 》
〈部落・部落民〉-共同幻想の理解について-③
原口 孝博(福岡水平塾生)
(1) 観念としての〈記号・象徴〉性がターゲット
 パート①、②に続き、少していねいに〈部落・部落民〉の共同幻想性を理解する一助として、ここで一つのメモを紹介したい。98年2月の『こぺる』合評会で京都へ向かう前日、住田さん提起への意見として私の友人から受け取っていたのだが、発表できなかったものである。

部落は共同幻想であるということを説明するために、わかりやすいたとえ話を思いつきました。
 わたしたちは1、2、3…という数字を毎日使っています。これ無しに生活することは難しいと思います。それほど現実的にありありとわかるその1をわたしの目の前に出しなさいともし誰かに言われたら、誰もが困ってしまいます。1そのものを目の前に出すことはできないからです。ひとつのりんごだったら目の前に出すことができます。これを1とよぶこともできますが、誰も目にもりんごしか映っていません。りんごをひとつもってきて「これを1とかんがえましょう」という了解がなりたっているから1ということが成立しているのです。
 同じように部落や部落民が実在するということもできます。でも目の前にいるのはただの人間でしかありません。それを部落民であるという了解を自他ともにしているから部落民は存在するのです。
 ただし、差別は幻想ではなく現実にあります。共同幻想によってその中の人間が部落民はいると了解していることが、結果として引き起こすのです。差別はいけないといくらいってもその了解事項を共同幻想として相対化することができないかぎり差別はなくならないのです。
 誰であれ1そのものをわたしの目の前に出すことができたら、客観的に部落も部落民も存在しているという言葉を受け入れてもいいとお伝え下さい。
                              (98/2/27 萩原幸枝)

 短いメモだが、〈部落・部落民〉は実体ではないということをピタリと言い当てているいい例だと思う。言うまでもなく、ここに示す〈1〉が〈部落・部落民〉に相当する。誰であれどんなに考えても、〈1〉そのものを目の前に出すことは不可能だ。なぜなら、それは本来の意味でいう現実的実体を持つものではなく、ある枠組みを共有する人間が恣意的に持ちこみ、約束事とされた場所でのみ通用する観念の産物=〈幻想〉なのであり、山城弘敬さんの言葉を借りれば「数とは実在するわけではなく、実在するとすれば、それは数える人間の頭の中である」(『こぺる』No.66の山城論考)という抽象化された〈記号〉であり、〈象徴〉だからである。
 誤解のないようにつけ加えると、〈記号〉や〈象徴〉だからといって、〈部落・部落民〉が現実の場で機能していることまで否定しているのではない。それは例えば「1、2、3…を毎日使い、これ無しに生活することは難しい」のと同じように、私たちの身近で差別対象として現れ、取り巻く人間たちに様々な人間的苦悩さえ与えている。しかし、〈1〉の例でよくわかるようにその本体は明らかに実体を持つものではない。〈部落・部落民〉=幻想論の中心はここにあり、[現実に人間の行動や心をとらえ、ある対象(特定の地域・人間)を示して機能しているが、それは元々実体を持たない]ということを具体的な差別や問題に立ち向かう前提として押さえよう、と言っているのだ。
 それは、例えば文化圏を異にした「外国人」には見えないように、誰にとってもわかる客観的実在ではなく、差別があり差別する側がそう思うから部落・部落民が存在しているのでもなく、その前段で、ある特定の人間や地域をさして「これを部落や部落民と考えましょう」という観念的な共通了解があることによって、差別対象=部落・部落民が成り立っているということだ。賤視やケガレ、こわいといった観念が現実存在(人間・地域)に貼り付いて差別標的が生み出されること、即ち、ある文化・習俗や考え方を共有した人間たちによって、相互了解された〈記号・象徴〉が具体的差別の対象をつくり機能するという〈幻想性〉がベースにあり、問題解決のキーワードであることは明らかであろう。

(2) 実体化=仮象を前提にしている共同幻想
 けれども「差別と幻想」を考える際に、ここの所で住田さんをはじめかなりの人が反転してしまうのを最近痛感してきた。それはこういう形で現れる。[現実に機能しているのだから、それはどこかで実体化されているのであり、〈幻想〉が実体化されるメカニズム(からくり)をつかむ必要がある]、[実体化された土俵で具体的な差別が起こるのだから部落・部落民は実在し、それを前提にしなければカムアウトの意味(実体の顕在化に基づく対話への第一歩)はない]等々…(福岡水平塾双書①:藤田敬一さんの発言要約、住田前掲文、)。
 だが「実体化されるメカニズム」を問うまでもなく、〈1〉の例でみたように、〈幻想〉を本質とするそれは、当然現実の対象をどこかに持たなければ機能しようがないものである。数学計算や空想・夢想は別として、現実のモノに付着して現れた方が一人歩きし、様々な人間的行動や感情、関係を結ばせる働きをしてしまうことこそ〈幻想〉の〈幻想〉たる理由なのであり、「その正体は実体ではない」と考えることが重要な意味を持ってくる。なぜなら、その理解によって、実体の向こうにあり機能してしまう〈記号〉や〈象徴〉性こそ、私たちが変革解体し、無意味化していく主要な目標だと考えたり、実体に基づくカムアウト(名乗り)の虚妄性から「両側」共に自由になることで、拝跪・同伴や関係傾斜の不毛さに気がついたり、人間はなぜ幻想=〈記号・象徴〉を共同的に生みかつ必要とし、そういうものに長い年月を通じて縛られてしまうのか、といった根源的な問い(第2ステージの課題)を導き出すことを可能にしていくからである。
 わかりやすいように1、2、3…の数字の例で言ってみよう。それは本来実体を持たないために、それだけでは日常ほとんど役に立たないが、お金(百円玉、千円札等)、時計(時刻の表示)、人間(順番、人数)、りんごやみかん…といったモノの背後に〈記号〉や〈了解〉として潜むことによって、初めて現実の場で機能し意味を持つ。逆に、もしも〈1〉が実体を持つと言えるならば、(人間の頭の中にしかないのだから)それはりんごであってもよいし、みかんやお金や人間でもよく、〈1〉がそれらのどれかでしか成り立たないとは決して言えない。これは部落問題の場合も同じである。特定の観念が貼り付きさえすれば、どんな人間であろうと「部落民」は産み出される。「部落・部落民は実在する」という考え方は、〈1〉はりんごの場合のみ成り立ち、それ以外のみかんやお金や人間…では〈1〉は成り立たないといっているのと同じことになる。これはどうみても頑固な迷妄としか言いようがない、無理難題な思考なのである。
 (例えば、数代前に外から流入し住みついた人が、本人の意志とは無関係に「部落民」とみなされたり、中傷から発した「あの人は部落民」とのうわさがいつの間にか定着したり、親の代に「部落」を出て、隠し通した人の子供が「非部落」と自覚し、いま地域に住む者を差別したり、行政・企業を脅すチンピラやくざのエセ「同和」名乗りを誰も否定できない等々、よく考えればおかしな例もここに理由がある。明らかに「部落民(非部落民)」は、幻想を根拠とするゆえに、その気になればどこにでも貼りつく。)
 ではなぜ、多くの人がここで「幻想」性をそのまま対象化しようとせず、それをモノとしてあるように実体化して考えたり、「実体化されるメカニズム」を問う方向に引きづられてしまうのか。すでに観念を貼りつけて見ているにもかかわらず、「目に見えているものがまずあり、意識や観念はその反映にすぎない」という観念軽視の呪縛(現実・社会観)に、根強く囚われているからである。人間を動かしているのは目に見える「現実」ではなく、その背後に潜み、互いの心に憑いて離れない「観念」の仕わざなのであり、その限りにおいて「現実」は様々に異なるはずである。私たちはこの縛りからもっと自由に、思い切って飛び立たねばならない。

(3) 「狐憑き」=憑依対象としての部落・部落民
 あまり適切な例ではない(今までは社会問題に関連して語られたことは少ない)が、これをもっとわかりやすく述べてみてみよう。最近は少ないけれど、日本ではまだ形を変えて根強い憑霊現象の一つとして「狐憑き」という言葉があり、これはある人間に狐の霊が取り憑いた状態のことを指す。「部落・部落民は実体として存在する」という考え方を、〈共同幻想〉の視点から大胆に言いかえてみれば、発生以来の長い歴史的時間を解かれることなく生き延びて、日本固有の『集団的「狐憑き」状態』として表現できるような気がする。「実体反映論」では目の玉が飛び出るような見方かもしれないが、呪縛を解かれて目をこらせば、あながちはずれていないことに気づくと思う。
 この「狐憑き状態にある人間」について、〈幻想〉と「現実」の関係はどうなっているかを考えてみる。狐の霊は明らかに「観念」であり、それが特定の人間の身体(意識)に憑くことによって、本人と周囲の人間にはどういう事態が生まれるか。「ある種の観念が、透明の衣のように貼り付いている」という冷静な視線を持たない場合、まず第一に本人には「自分が狐である」という認識が生まれるし、周囲の人間には、まるで「狐が人間の姿に化けて振る舞っている」ように見えてしまうだろう。そういう周囲の視線が再び本人に跳ね返り、「自分(の姿)はやはり狐なのだ」という呪縛をますます強めてしまうことにもなる。現実にそう思い、見えることをそのまま実体化することによる考え方は、[観念の貼り付き状態]が見えない(無視する)ために「狐」の存在を疑わず、そのまま信じ続ける事態を生む。この〈偽りの関係〉に何らかの疑いをはさまない限り、双方の人間にとっては「狐」は実在し、それは人工衛星のように延々と堂々巡りを続けることになる。
 これを住田さんの言う従来からの「現実」解釈で、「どんな観念にせよある人間がそれに囚われている状態を受け入れ、具体的差別として機能しているのだから、それをそのまま実体的な「現実」と呼ぶ」と考えればどうなるか。本人の場合「自分が狐である」との認識状態がそうだし、周囲の人間では「狐が人間に化けて振る舞っている」というのがそうである。そういう事実を、まず「現実」として受け入れよということになる。これは正しい客観的「現実」認識だと言えるだろうか?私は受け入れることはできない。この例で本来の意味での客観的認識とは、もう一回り外側から見る視点である。
 つまり、本人の場合『ある観念によって「自分が狐である」ことにさせられている状態を(現実の人間が)理解する』ことであり、周囲の場合は『ある観念が憑いたために「狐が振る舞っている」ように見えさせられている状態を(現実の人間が)理解する』ということではないのか。特定の人間に「観念」が貼り付いていることに気づかないために、自分自身を「狐」と思ったり、ある人間を「狐」だと思ったりするのであって、その仕組みに気づいた者はどちらの場合も「観念」と「人間」の区別はついており、まちがっても「狐」の状態を「現実」だと言ったりはしないはずだ。これを部落問題に置き換えれば、自身を「部落民である」と規定したり、ある特定の地域・人間を実体としてある「部落・部落民」とする考え方は、いわば「狐」状態をそのまま実体としてしまうことになり、これはどう考えてもそのまま受け入れることはできない。
 真っ当な「現実」認識とは、『ある「観念」が憑いたことによって、「偽りの姿」を事実と思ったり見えたりする仕組みの中にはまってしまい、賤視・忌避の行為や自己卑下・マイナス感を生むまぎれもない「人間」のあり様がわかる』=『〈幻想〉として理解する』ことではないだろうか。ある囚われの土俵を部落・非部落双方の人間が固定した状態のままで、どれだけ「立場の絶対化」や腐敗した運動・組織を批判し、〈関係〉の修復を語ろうが、「みんながそう思っているからそれに合わせよう」「自分だけ気づいてもダメ、同じレベルで考えよう」といった『裸の王様』(アンデルセン童話)に見られる、王と側近・市民との〈偽りの関係〉とほとんど二重写しになる構造を残したままなのである。何ものにも縛られず「王様は裸じゃないか」と叫んだ子どものように、この土俵をまず双方の人間が超えようとしない限り、「狐」状態をめぐる『堂々巡り』や、被差別正義の共同性が加わっての拝跪・同伴は避けられず、「両側から超える」ことも不可能ではないのか。「現実」がもたらす差別の様相がどうであれ、それはやはり「偽りの場」が生み出すのである。まず一人ひとりが「部落・部落民は実在せず幻想である」と了解することが、「王様は裸だ」と叫んだ子どもの地点に立つことであり、そこから厳然と差別に立ち向かい、〈関係〉を修復していくことが「両側から超える」ということではないだろうか。

(4) 共同幻想解体の両極=部落差別と天皇制
 身近なことで言えば、江戸幕藩期(あるいは中世)に起源を持つ賤民身分の人々の末裔=現在の部落民という視点で、血縁・出自の実体的連続をハナから疑わず、思い込んだまま、〈人権・共生〉の視点から異質の者であれ、その〈違い〉を認め合おうという方向で語る現在の部落解放運動や同和教育、市民啓発においても、全く同じ事態を生んでいる。即ち、異質の者(違い)を生み出す「現実」(=「狐」・「部落民」)という共通了解がまず起点にあり、それにメスを入れる幻想的視点を持たないためにスタート地点からボタンの掛け違いを起こし、双方に通底する囚われの構造を対象化できない迷路にはまっているのである。
 『両側』(部落・非部落)共にある観念が貼り付いた「狐」状態に囚われているからこそ、異質な存在として賤視・忌避などの差別が起こり、その対象となった人間を、内面的屈折や自死にまで追い込んだりしてしまうのだ。〈観念〉が特定の人間や地域=〈現実〉に憑くことによって引き起こされる現象が部落差別であり、そういう事態の総体を部落差別の本質=〈幻想〉と呼び、それが無作為の個人による自由勝手な行為として現れるのではなく、日本社会というある一定条件下にある人たちで共有された土俵でのみ通用するために、〈共同の幻想〉という規定をすべきだと考えるのである。
 柴谷氏も指摘するように、例えば外国人、とくに西洋人にはこういう差別の質が理解できないだろう。日本社会は、島国列島性から地続きの国境を持たず、狭く閉じた土地を維持していくというその成立ち以降、国外との関係よりも自然界との関係媒介のために呪術・祭儀的観念と憑依の対象-〈マージナル(境界)的共同体〉、〈祭祀的シンボル〉-を長く必要としてきた。それは、政治的身分制への組込み等様々なバリエーションに変形しつつも歴史を通じ、民衆の日常性に大きく根を張ってきたという特徴を持つ。そういう土壌を明治維新や戦後改革を含め、一度も徹底して解体する志向・条件を持たなかったために、市民啓発では届きもしない幻想を下地とする内(身内)・外(世間)の裏社会的絆、共同的利害をなにより優先させてしまう農耕民的集成や、得体の知れないものを見もしないのに恐がり(部落)、敬う(天皇)といった文化的心性が、現代の市民一般の中に根強く生き延びているのである。
 これまで、専ら政治権力支配の両極として語られてきた部落差別と天皇制は、この視点(呪術・祭儀的観念と憑依対象)で取り出せば共通項として見えてくるはずであり、法制的〈象徴天皇制〉の延命に止まらず、共に〈幻想〉の無化・解体対象として据え直すという現代的課題が一層明らかになるだろう。それはまた、人間や社会は、〈国家〉を含め、なぜこういう[観念がモノに貼り付く仕掛け]=共同幻想を長い間必要としてきたのか、という問いともパラレルに位置する。
 経験的に言えば、「狐憑き」状態が何年も、あるいは累代、何百年も続くことはなかったから、部落差別とは違うという意見もあるかもしれない。しかし、それは憑いてしまう〈観念〉が賤視・忌避といった人間特有のものとは区別しやすい〈狐〉=動物霊だから、相互にその呪縛が解けるまでの時間も短く、日常回帰の方法も容易であったからにすぎない。また専ら農村共同体等で伝承され、人間の日常性から離れた一過的〈象徴〉として理解しやすく、部落差別=賤視(憑依)観念、あるいは天皇=聖視(憑依)観念のように、それが各時代の国家権力による政治支配や制度的利用(身分制)といったレベルまで持ち込まれることもなかったからだろう。しかし、呼び込んでしまう事態が持つ性格を見れば、全く同質のものと考えてよいと私には思われるのである。  99/01(④へ続く)
 ※この論稿は、パート④「幻想としての〈被差別民〉性の持つ可能性」で終わります。(原口)

《 採録 》
○尾川 昌法「部落解放と研究動向-『部落(民)アイデンティティ』論の幻想」
  (『部落』99/1、臨時増刊特別号、「特集・1997年度の部落問題」)
 九月に京都で開かれた「部落問題全国交流会」の討論内容の概要と、この開催に合わせて出版された前年度の交流会をまとめた本『「部落民」とは何か』(阿吽社)を紹介する記事が朝日新聞の文化欄に書かれている(1998・10・30号)。「『アイデンティティ』『共同幻想』などをかぎ言葉に濃密な議論が展開されている」というのが、その本への評価であり、記事の見出しは「『部落民とは』、始まった議論」というのであった。「始まった」と書いて今後に継続されひろがることを期待するかの如くで、ジャーナリズムもついにアイデンティティ論にのってしまうのか、というのが私の最初にうけた印象であった。
 近年、解放同盟にひろがっているアイデンティティ論については、すでに杉之原寿一氏の批判が発表されている。杉之原氏は、「部落」「部落民」について簡明に規定したうえで、「『部落』の消滅や『部落民』としてのアイデンティティの希薄化に危惧の念をいだき、『部落』や『部落民』を将来的にも存続する、あるいは存続させなければならない存在としてとらえようとするから、そのような超歴史的な存在として『部落』『部落民』を定義しようとしても、それは不可能であり自家撞着におちいらざるをえなくなっているだけでなく、『差別をうける可能性』というよう不確定な恣意的基準に依拠せざるをえなくなっている」、また「部落問題をあたかも民族問題や人種問題であるかのようにとらえる傾向を強めてきている」と批判している(「新たな解放理論の創造を放棄した解同-新「綱領」をめぐる論議を中心に」『部落問題研究』1997・12)。私も社会学の一部に部落民アイデンティティ論があらわれていることを紹介し批判しておいた(「部落差別と差別一般-共生ということ」、『部落』1997・12特別号)。(略)
 なぜ「部落(民)アイデンティティ」論というこの観念遊戯がはやるのか。その原則的問題点はつぎの三点であろうと、私は考えている。第一は、部落差別が希薄化している、解消過程にある現実を反映しているということである。あとでもふれているけれども、滋賀や和歌山の一部ではすでに「部落」も「部落民」も消滅してしまった。この動きがいま広まりつつあるのが現実である。現実から出発せずに個人的な感覚や「思い」を語るだけでは問題の解決に近づけないであろう。「部落(民)アイデンティティ」の危機を憂える意見、一方に「アイデンティティをもつかもたないかという議論は、実際上問題になっていないのではないでしょうか」(『「部落民」とは何か』)という意見の堂々めぐりの中で課題の設定を間違えてしまったように思われる。「部落民であるという意識をもっている人たち」が多数いるなら、問題は「部落差別が解消過程にあるなかで部落民意識がなぜ存続しているのか、その条件は何か、どうすれば払拭できるのか」、というふうにたてられなければならない、と思う。すくなくともジャーナリズムの支援も得て、今日の学問の世界にある「方法論の混迷」という流行からは自由でなればならないと思う。
 第二に、解放同盟路線の誤りを反映しているということである。「足を踏まれた者の痛みは踏まれた者でないとわからない」とか、「日常生活に生起する不利益な問題は一切差別である」といってきた対話拒否の排外主義、「部落解放」を「差別一般の解放」へ拡散してしまった無原則、「真に人権が確立された民主社会」を目標にかかげて、部落問題の解決を永遠の彼方に先送りしてしまった新綱領(1997)の無責任などが、誠実な活動家、協力者たちにとまどい・こだわりを生み出しているのではないかと思う。
 第三に、部落解放への確信の喪失を反映しているということである。丹波正史氏は、はやくからこのことを指摘していた。解放同盟のように、解放像を「全ての人が差別意識のくびきから解き放たれた社会」の実現におくなら、この「部落解放運動」は、「目標とする課題が少なくなるにつれて、組織の維持そのものが目的となり、結果的に『差別語』とか称しての表現問題に収斂していき、言葉狩りの運動が中心にならざるを得ないものになります。また、歴史の進歩に逆行する『部落民』としての『自覚』なるものを注入するしか組織の存続をはかることができなくなるのです」(『部落解放運動の対決点』158-159 頁、1996)とその部落差別固定化論を批判している。要するに、より生産的な議論のための課題は、「部落民とは何か」ではなく、「部落解放とは何か」、というように立てなければならなかった、といわねばならないであろう。(以下略)

コメント.
 「部落解放とは何か」を明らかにするためには、「部落民とは何か」が問われなければならぬ、というのがわたしの考えです。「わたしは(あなたは)部落民である。わたしは(あなたは)部落民ではない」という、今日ただいまもなお根強く人を捉えて放さない自己ならびに他者規定とそこに成り立つ関係を問いただし、呪縛から解き放たれた〈関係〉に変えたいというにすぎません。それが流行の発想なのかどうか、そんなことは知らない。わたしのなかでは、〈関係〉を問うことが〈存在〉を問うことにつながり、〈存在〉を問うことが〈関係〉を問うことにつながってきたように思います。わたしの問題意識が、ほかの人びとのそれと噛み合って議論が深まることを願っていますが、時間がかかりそうですね。しかし、それもやむをえないことでしょう。

○京都山科郵便局部落解放研究会『しんか』No.18(99/3/3)
 1987年に冊子があうん双書から発行された。書名は「同和はこわい考-地対協を批判する」。藤田敬一さんが書かれたものである。国の諮問機関である地域改善対策協議会(地対協)が「部会報告書」「意見具申」のなかで例えば「民間運動団体の確認・糾弾という激しい行動形態が国民に同和問題はこわい問題、面倒な問題であるという意識を植え付け…」というように部落解放運動への否定・弾圧を狙ってきていた時期であった。当時の私を思い出してもこの冊子のなかみは覚えてないのだが、書名はインパクトがありすぎた。「こわい」て書いていいんやろか?……と。
 12年ぶりに読み返してみました。この間の学習会や幹事会での論議をとおしてやっとものの見方や人と人との関係にもスムーズさが出来つつある私にも、意外とスーと入ってきました。「こんな提起がなされていたのか」という驚きも混ざっていた。自分の問題として考えることや対話をつなげる努力であるとか、人と人との有り様である。藤田さんの目の高さからの問題意識が書かれていました。同時に当時の私には理解できるはずがないというより、何も考えていなかったと反省しなければなりません。

コメント.
 3月3日、山科郵便局解放研の総会で話をさせてもらったんですが、そのときの案内文の一節です。12年たって読み返した『こわい考』が、過去の自分と対話するきっかけになったようで、うれしいかぎり。後日、出席者から二通のお便りあり。いずれもこの文章と同じように、舞い上がった高みからものを言わず自己言及的なのがよかった。

《 川向こうから 》
★福岡水平塾の主宰者松永幸治さんが急逝されました。享年74歳。突然の訃報に憮然たる思いを禁じえず。70年代初頭以来親しくさせてもらってきたのですが、部落解放運動の現状を憂い、その行く末を案じておられた松永さんの逝去は残念としか言いようがない。松本治一郎さんの秘書として活躍なさっていたころの話になると目を輝かせておられたこと、『こわい考』をめぐって組織と運動のなかで微妙な立場にあったわたしを敢然と励ましてくださったこと、福岡のみなさんに引き合わせてくださったことなどが思い起こされて……。西方に松永さんが元気でおられるというだけで、なんとなく心強かっただけに、別れはこたえます。

★原口さんから連載は今回で打ち切りたいとの連絡が本号の印刷直前に入りました。編集を慮っての断念のようですが、そんなことは気にしないで論文を仕上げてほしい。なお前号本欄の『水平ノート』は『水平塾ノート』の誤りです。お詫びして訂正します。同誌の連絡先は、〒811-3304福岡県宗像郡津屋崎町1032-1 安部 文範さん(TEL&FAX 0940-52-4608)です。

★最近読んだ本から───☆ウイリアム・E・コノリー『アイデンティティ\差異-他者性の政治学』(岩波書店、98/10)は、書名につられて手にとった。サルトル『ユダヤ人』(岩波新書)を批判する第4章、アイデンティティの固定化と絶対化を超えようとする第6章が興味深かった。コノリーの案内で読んだハイデッガー『「ヒューマニズム」について』(ちくま学芸文庫)は、訳注・解説が詳細で有益。久し振りに「哲学した」という感じ☆ひろたまさき『差別の視線-近代日本の意識構造』(吉川弘文館、98/12)は、鹿野政直さんの推輓に誘われて読んでみたのだが、第Ⅱ章「日本近代社会の差別構造」の部分については畑中敏之さんの意見が聞きたくなった☆寺園敦史『「同和」中毒都市-だれも書かなかった「部落」2』(かもがわ出版、99/2)は、書名だけで敬遠する人がいそう。しかし、ここで報告されている事柄から目をそらしてはなるまいと思う。

★前号で『こぺる』の購読者募集についてお願いしたところ、何人かの方から協力するとのお便りが届きました。感謝します。『こぺる』は年間4000円。お申し込みは郵便振替〈01010-7-6141 こぺる刊行会〉で。よろしく。

★三月下旬、家族で恵那へ短い旅に出かけました。二日目は馬籠へ。恵那山はちょこっとしか姿を見せなかったけれど、雨の藤村記念堂はようござんした。そして先日、松本の知人からお招きを受けた機会に思い切って小谷おたり 温泉まで足をのばし、読書と入浴の二泊三日を過ごしてきました。白馬連峰も眺められて言うことなし。

★本『通信』の連絡先は〒501-1161岐阜市西改田字川向187-4 藤田敬一(郵便振替〈00830-2-117436 藤田敬一〉)です。(複製歓迎)

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