同和はこわい考通信 No.131 1999.3.23. 発行者・藤田敬一

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《 論稿 》
〈部落・部落民〉-共同幻想の理解について-②
原口 孝博(福岡水平塾生)
(1) 無根拠から有根拠性へ
 前回(本誌No.127,98/8) に続き、部落問題における〈幻想〉をテーマとして考えていきたい。
 住田一郎さんは差別の無根拠性と関連させて次のような意見を述べている。「私は浴口えきぐちさんが部落・部落民へのマイナスイメージを払拭するのに〈共同幻想〉という観念装置がどうしても必要だったとは思えない、〈差別の無根拠性〉に気づくことで十分乗り越えられたのではないか。私は今日ただいま現存する部落、部落民への差別がほんらい無根拠(差別の無根拠性)でもあるにもかかわらず、現実に部落差別問題として機能する意識情況を「共同幻想」ととらえてきたのである。私にとって、実態としての部落・部落民は大前提であった。」(『こぺる』62号、99/5。「差別は幻想か」)しかし、本当にそうだろうか。
 差別の「無根拠性」について、たとえば柴谷篤弘氏は、次のようにとらえている。

どのような差別も、それが社会的に顕在化しているかぎり、二次的に根拠を発生させたものである。しかしそのかげにある、一次的な(多く身体的な)根拠は、実は社会が採用した区分法の恣意によるもので、人々を二分法で区分するうえで、用いられる基準としては、必然性がなく、いわば任意に採用されたにすぎない。
 いわゆる被差別部落の場合は、この事情がさらにもう一度ねじられる。もともと部落差別は身体的でなく、ほとんど人為的に、政治的に、きわめて任意にしつらえられた基準によるものであった。しかしそれは、社会的に、歴史的に強化され、ついでその現実が二次的な差別の根拠になって固定した。ここにこそ差別の無根拠性が根本から解きあかすべき典型がある。そうして政治的に、社会制度的に、差別の根拠がすべてとりはらわれたあと、差別意識そのものがまったく無根拠に社会に定着してしまっているという、その社会の外にあるもの(例えば外国人)にとってはまったく理解のゆかぬ、おどろくべき無根拠な社会意識が残ったのである。(柴谷篤弘『反差別論』p179~180.明石書店)
 新しい手法を用いる研究が進むにつれて、「人種」の概念は人類の「自然」を反映するものではなく、人為的概念にすぎないことが、タンパク質やDNAの比較・分析に従事した科学者によって、経験的に明らかにされてきた。(中略)/今後も「人種」概念は、人間心理の表出として、存在を続けるかもしれぬが、それを支持する科学的根拠は、もはや存在しない、といわねばならない。(『こぺる』No.59、98/2。柴谷篤弘「人種概念の破綻の公式確認」)

 ここに代表されるように、差別の[無根拠性]は、社会がある区分を差別の根拠として採用することの恣意性や人為性を示すことに重点がおかれている。最初に部落差別や人種差別の基準とされた区分法は、それがどうしてもそれでなければならない理由や科学的根拠はなく「任意に、人為的に採用された」ものだということだ。このように、[無根拠性]はその区分が唯一無二の絶対的なものではないとして相対化への道を開き、例えば、一次的な根拠とされる身体・人種・民族・性等の基準そのものを放棄したり、その区分をやめて「人間のねうち、感じ方、考え方、人への思いやり、一個の人間として生きていくということの基準」(柴谷前掲書)へと転換をはかればよいという、能動的な姿勢を可能にするように見える。「どのような差別も根拠はない」という言い方が出てくるのは、そのためだ。
 しかし、この考え方の弱点は根拠が相対的なものでしかないということを示すに止まり、そのように根拠が薄弱なはずの差別が、なぜ長い年月にわたって続き今なお生きているのかということ(差別現存の有根拠性)の説明にはならないということである。どんな根拠であれ相対的なものなら、逆に何を持ってきてもいいとばかりに「科学的には根拠がないかもしれないが、○○△△的にはあるかもしれない」という差別肯定側の論法に対して、決定的な打撃を与えることはできない。例えば、部落問題の無根拠性をいう柴谷氏もまた「政治的に、社会制度的に、差別の根拠がすべてとりはらわれたあと」に「おどろくべき無根拠な社会意識が残った」理由は、「とらえどころがなく、えたいのしれぬ、社会の因習が存在する」(前掲書)とのみ述べ、その根拠まで解いているわけではない。
 また、部落差別の場合は、随分前から「いわれなき差別」の典型とみなされてきたようだが、元々が「人類の「自然」を反映」したり、「科学的根拠」を持つものではないことは、二次的な身分制度への組み込み・固定化という政治支配を含め、暗黙了解されていたはずである。本当は〈これをもって部落・部落民とされるべきモノはどこにもいない〉ということは、「同和」の理念が「違いはない→融和へ」と隠れた影響を持つように、部落差別では既に織り込み済なのであり、誰も声を大にして語ろうとしなかっただけだ。だから、部落・非部落を分ける基準の非合理・非科学性を強調したり、出自・生まれの実体的連続はありえないといった理由(=モノ的根拠の否定)だけでは、その区分を放棄・転換するという能動的な姿勢を生み出すことはできない。このことは、部落差別では、実体(自然的身体~低位な実態)や科学(合理)ははじめから問答無用として成り立ってきた世界だということを暗示している。〈無根拠〉論は、現在の合理・科学の範囲(近代以降の価値観)から見直せば根拠はないといえるけれども、部落差別ははじめからこれをクリアーした地点で生きているのだから、的は撃てないのである。
 この踏み込みを避けて、部落解放への営みは、人為(無根拠)の典型→階級性に横滑りし、政治起源説(その延長としての行政責任論)が今日まで解放理論の主流をなしてきた。貧困・低位性は、明らかに近代資本制社会の構造的産物だから、ここへ向かったのは当然である。だが運動・研究の進展で明らかなように、「支配道具に使えるものは何でも使う」政治の常で、時々の支配権力が法的身分制や経済搾取、行政区分として利用・強化したにすぎず、すでに民衆の日常にある差別の土壌は、このような制度・構造レベルを超えた共同体的次元で存在していた。政治は、身分という外皮や地域の固定(属地・属人)などによって可視性(仮象)を持ち込み、その土壌を強めたことは事実としても、元々部落差別がメインとする超合理の土俵ではない。運動・行政措置によって環境・生活レベル等での実態改善があるのに(本質的にはどれだけ改善を重ねようが)、市民意識の基底の所では、出自・血縁・旧身分等を理由とする未開的賤視観念が決して解消されていない一事を見ても、この限界は明らかだろう。こうたどってくると主(有)根拠と思われるそれはおそらく、実体対象をベースとした土俵ではなく、非合理や非科学の面を色濃く持つ文化・習俗・祭祀の心性レベルにあり、人間一人ひとりを内面で縛り、かつ共同(幻想)的に維持されてゆく性質を持つ〈何か〉-人間の持つ観念の歴史的拘束性-と考えるべきではないか。
 私が以前、出自の系譜は遡及すればするほど無数にあり、実体的連続は事実の切断・抽象化(思い込み)なしにはありえないとした上で、「なぜ『部落民』と自己規定する人々が先祖の悲惨と苦痛の歴史を一身に背負い、いくら(科学的に)証明できないと言われても自己の内部に部落民性を抱え込んでしまうのか、あるいは非部落民と規定する人々がなぜそれに疑問を抱かないのか。問題はここからである」と自問を含め投げかけたのは(『こぺる』No.38、96/5)この理由による。明らかに〈幻想的囚われ〉を問うており、その意味で、住田さんがこれを「実体としての部落・部落民を否定しているとは思えない」ととらえ、私に共感しつつ示す理解は、やや的をはずしていると思える。(「(彼は、共同幻想を言いながら)同時に〈部落の共同性や部落民性〉にプラスイメージを感じつつこだわり続け、実体としての部落・部落民と格闘しているのである」、住田前掲文。まる括弧内は原口注)。私の〈共同性や部落民性〉へのこだわりは、すでに「実体としての」ではなく、身体化してしまっているように見える合理を超えた「幻想(観念)としての」部落・部落民との格闘なのである。
 現代もなお差別が生きている以上、「根拠はない」のではなく、このように切実な疑問を生む本当の根拠=部落差別の根源は、もはや政治起源といった範疇ではなく、観念・幻想レベルとして間違いなくあるということである。起源・いわれはわからないという「あいまいさ」こそが根拠、キーワードだというようなとらえ方は、当事者性を欠いた状況説明でしかなく納得できるものではない。

(2) 差別の無根拠性は「タマネギの皮むき」論?
 柴谷氏が「差別の無根拠性を根本から解きあかすべき典型」と見なす部落差別との関連で、無根拠性をもう一度考えてみよう。「差別に根拠はない」「無根拠であることが根拠になっている」「差別に理由はいらず、ただ違いがあればよい。理由はあとからつけられる」といった少々投げやり気味の意見も出てくる背景には、部落差別の根拠が、恣意・相対的なものであるがゆえに次々と無化(解体)されているにもかかわらず、なお生き延び続けるという頑迷かつ強じんな差別の質(性格)をさしていると思える。社会が、その時々の差別の根拠・理由と思われるものを意識・無意識を問わず次々と克服し、退けてきている(南北朝・戦国の混乱、幕藩身分制の解体、解放令発布、戦後の民主主義改革、同和対策特別措置、大衆社会化等々……)にもかかわらず、まるで「玉ねぎの皮むき」のように「これでもない、あれでもない」と引きずりまわし、なお厳然と横たわっているというような根強い質を持っているのが部落差別だ。
 この点は社会・制度的な変革に止まらず、具体的に被差別体験を持ち、又は被差別立場に置かれた人の個人レベルでも、多くの人々が実感してきたことだ。例えば、内面の試行錯誤を繰り返した末、差別の結果であれ、自ら身にまとうと思える様々な〈負の側面〉を主体的に克服すべきと考え、学力・社会的能力の向上に努め、閉じた生活習慣がもたらす精神・文化性を意識的に否定し、〈外〉から見ても非の打ち所のない人間として生きるという、清廉潔白な〈部落民〉像である。しかし、こういう人たちはしばしば当人の意志に反して「例外的な部落民」として遇され、一人のたちの悪い〈部落民〉の不祥事によって、たちまち「あの人」の行為ではなく、「やっぱりあの人たちは…」という共同的な差別心情によってことごとく打ちのめされてきた。例外扱いは、実体化が呼び込む「寄り添い」の一バリエーションでしかなく、ここから共同的差別心情を撃つことはできない。
 ひっそりと地域を去って内外から「丑松」とみなされ、〈部落民〉性を心の奥に封印し、一人孤独の道を選んだ人たちの中には、こういう個人の力が及ばぬ「どうしようもなさ」を実感しながら、人知れず清潔な人生を歩んだ者も多くいたにちがいない。あるいは、実体化によって自身に巣くった負性や被害妄想から逃れる術を持たず、今なおそこから立ち上がれない者たちも私の身近に数多くいる。その奥底にある心情は、「無根拠こそ根拠」といった物知り的な手合いではなく、「一体本当の根拠はどこにあるのだ」、「大概にせんか」という人間としての根源的怒りであったはずだ。私たちは、過去の先輩や今も見る「丑松」、迷える者たちを救出・復権させるためにも、本当の[根拠](有根拠性)を見いださねばならない。
 もちろん、解放運動を含め、過去の様々な営為が結果的に「皮むき」であったとしても、それは差別の質が持つ中心部=根源の在りかへ次第に近づき、その正体を露わす一歩前まできたことは疑いないだろう。だが現在、運動・啓発がめざしている差別克服の方法(実体化による違いを前提にした人権・共生社会の確立等)が、今度こそ決定版で、ただの「皮むき」に終わらないという保証はない。
 このように長い歴史を通じて、根拠→無化→再根拠→……を繰り返す差別の場合(だから無根拠のように見えるのだが)、現在目の前にあると思われる原因・根拠を、短い射程で追いかけまわしても、おそらく届かないと思える(例えば、近代資本制社会に主因がある貧困・低位性が、部落差別意識を生むという理解や、近代的平等観とのズレによるこわさ、差別意識論等)。肝心なのは、人類史の長い射程の全てにわたって通底し、どの時点を取り出しても確かに存在するもの(=本質)をどのように抽出し得るかということだ。その視点で見れば、部落差別の根本的解決のカギは、やはり一番最初に発生した原初的根拠-〈賤視観念の起こり〉-の開明にあると考えるべきであり、二次的に派生した実体性の土俵ではないだろう。あるいは、その差別が、根拠を次々と無化してなお生き続けるということは、各時代における無化・解体方法が相応の努力にもかかわらず、「肝心な的」をはずしてきたと言えるかもしれない。部落問題はやはり「まだ何も解かれていない」(横井清氏)のである。

(3) 「幻想論」で見えてくる第1・第2ステージの課題
 住田さんの見解から主に無根拠性にふれてきたが、一方、畑中敏之さんは〈部落・部落民〉のいわれ・根拠についてこう述べる。

「政治的につくられた」ものであろうと、異民族であろうとなかろうと差別する側からすれば、その違いが非合理的なものであれ、事実でなかったとしても、何か「違いがある」というだけで充分なのです。だから「元を正さなければ」という言い方をするならば、それぞれの時代においての「今」を問うべきで、今、部落差別がなぜあるのかということは、「今」の分析をしないと出てこないだろうと思います。それを部落の起源論に持っていくことはごまかしであり、すり替えであって、目先をそらされているのです。(中略)
 問題は(部落民を)客観的に定義できると考えること自体(ルーツ・系譜論になってしまう危険性を常に孕み)、それが限りなく差別の構造なのだと思うのです。(中略)客観的に定義するということは「お前はこうだ」とレッテル張りをしているわけで、客観的に定義できると考える呪縛は限りなく差別の土俵に乗っかったままだろうと思います。そうではなく、「私はこうだ」ということを獲得する生き方の中で、解決していく問題だと思います。(京都部落史研究所編『シンポジウム「部落の近世政治起源説」をめぐって』における畑中敏之さんの発言。まる括弧内は原口注)

 畑中さんは起源・いわれを問うことが「歴史」→起源→ルーツ論になるとみて、「部落史の終わり」を言い、「現在の社会構造や政治支配の仕組み」へと向かうべきと主張する。しかし、この視点についても、出自の虚構を問い、実体的連続としての起源・ルーツ論批判としては充分有効であり、賛同するのだが、「歴史」を実体(実証)的事実の連続、累積、発展としてみる立場から客観的定義=実体的ルーツ観に縛られすぎ、「今」ある部落差別が、幻想的連続としての歴史性を引きずりつつコア(未開的賤視観念)を保持しており、未開性と現代性の通底構造としてある〈起源・いわれの幻想性〉こそ部落差別の根源ととらえる(私の)考えに対しては、説得力を持たない。[ルーツの実体的連続(レッテル貼り、差別の土俵)を呼び込んでしまうから起源論はやめるべき](畑中さんの見解)なのではなく、私たちの心性を素直に見ればわかるように、ルーツは幻想として連続としては成り立ち(でしかあり得ず)、その幻想への囚われが差別を維持しているのであり、ルーツ・系譜の中に潜む歴史的な〈共同観念〉と格闘するために、むしろ〈起源〉を問い直し、改めて「お前」も「私」も「こうだ」ということを獲得していくべきではないか。
 〈幻想〉論で求めようとしているのは私たちが解体すべきターゲット=部落差別の[有根拠性]であり、その第一歩は「部落・部落民は実在しない」という実体化否定であり、幻想対象としての理解である(第1ステージの課題)。その前提に立って初めて「両側」ではなくそれを超え、幻想を対象化した誰もが〈当事者〉となって賤視・マイナスイメージを明確な歴史的観念の問題としてとらえ、払拭できる道が開けていき、カムアウトやアイデンティティが再び問い直されて、本来の意味が明らかになるのである。それらは、「部落民」と特定された実体として語られるものではないために、プラス・マイナスを併せ持つ誰もが共有できる精神的豊かさや、膨らみを持つ人間の普遍性や可能性につながり、〈内・外〉がもたらす拝跪や同伴、無限責任などを決して呼び込むことはないだろう。無根拠理解は、根拠の相対性を示すに止まり、差別解体の目標は見えてこず、畑中さんの見解もまた、部落問題が懐に抱える歴史性が捨象され、(政治起源のバリエーションとしての)現代「社会構造論」へと飛んでしまう。
 その意味で「人が人を賤視するということは、どういう関係で、どう起こってきたか」「原始古代まで溯って、差別を考えるべき永久革命」として歴史・人間を見直そうとの提起(前掲シンポジウムにおける師岡佑行氏の発言)に私は共感する。この地点に立つことで、〈部落・部落民〉の実体性や実体的連続は、本質理解において吹っ飛び、人間が、共同体や社会・国家を自分以外の規範対象(幻想)としてなぜ生み出し、維持してきたかとの問いと同じレベルにおいて、差別を考え直す道が開けるはずである(第2ステージの課題)。それはまだ未知数であるが、無根拠論よりははるかに開ける可能性がある。そしてこの方向によって、復権する術を見い出し得なかった「丑松」も、〈部落〉を取りまく内外の迷える人たちも再び立ち上がり、共に歩むことが可能となるはずだ。〈部落〉=共同幻想は、長い歴史時間を通底して今現在も生きており、原初以来の実体的根拠は失いながらなお、現実に憑いた〈観念の呪縛〉として人間を囚え続け、忌避・排除を強いるという有力な根拠を持ち、機能していると私は思う。そういう点から私は逆に、恣意・人為として相対化(皮むき)したにすぎない無根拠理解でマイナスイメージを払拭できると考え、なおかつ「部落・部落民は実在する」とする住田さんの真意を再度聞きたいとも思う。

(4) 堂々めぐりを生む「実態反映論」
 あるいは、最近この問題にふれたFさん(奈良)は次のようにとらえる。

吉本流「共同幻想」と原口さんのそれは若干ちがっている気がしてきた。原口さんの主張は「幻想=根拠のない空想」ということではないのか。…「共同幻想」で、はたして現にある「部落差別」として表出する人と人との関係をひもといていけるのだろうか。感情を棚上げにするのではと危惧する。(「『部落』や『部落民』は共同幻想?-私流のうけとめ方」、『部落解放運動情報』No.22、98/5/20)

 住田さんとFさんに共通しているのは、「実体としての部落・部落民」を前提にした上での「現実に機能する意識情況」、「幻想=根拠のない空想」とみるように、共同幻想が具体的な関係の場である「現実」から規定された(あるいは現実の反映として二次的に生じた)単なる意識や空想であり、差別の事実やそれに伴う感情などが入る余地がなくなるとして語られていることである。これは即ち「観念=実体反映論」に他ならない。
 しかし繰り返すが、〈幻想〉は単なる意識や空想なのではなく、現実存在に貼りついて人間の行動や感情までも充分とらえ、束縛し、機能しているためにそのまま実体のように見えるが、そういう行為や感情を呼び起こす大本として、実体の背後に潜む〈観念の塊〉をさしているのである。Fさんが言う「『部落差別』として表出する人と人との関係をひもといて」いくために、また「差別と排除は人をコントロールし支配したい集団(小さな共同体から国家、世界的規模まで)が作り出していくのではないか」と問う集団は、人間が生み、かつ維持し、そのメンバーは私たち一人ひとりが担っているからこそ、この〈観念の塊〉にまず気づくべきではないのか。この見えない力で、いかに人間同士が行為・感情を含め拘束されてしまっているかを理解することで、はじめて私たちの目に解体対象の的=共同幻想が明らかになってくると思うのである。
 「観念は現実が反映して生まれる、現実こそ大事」として「現実」があるがままのものとして疑わず、一つの抽象された見方にすぎない「社会的規定・実体」に縛られたまま「人と人との関係」に向かおうとする限り、「社会のシステム」や「差別の構造」といった顔の見えない無味乾燥な世界へと、再び取り込まれることは目に見えている。その結果、「現実」→観念→実体化システム→「現実」(元に戻る)といった「堂々めぐり」や「立場の固定化」は永遠に続くだろう。人間(個)の内面を支配する共同性や共同幻想は、本来の(個)を圧倒したままビクともせず、形を変えた支配方式=「システム・差別構造」の中で延々と居座り続けるのである。
 「人と人との関係」へと向かうのは〈幻想〉を対象化した一人ひとりの〈私〉なのであり、〈私〉の毅然とした行為によってひからびた「現実」や「社会」を塗り替え、それを多くの人々で共有することは可能である。そこでは、一人ひとりが孤立した〈私〉ではなく、「関係において生きる」〈私〉の営みが、多数の〈私〉たちと共振し合い、意図せずして様々な共同性や社会自体の大きな変革へと導くことにつながるだろう。従来の〈側〉と〈社会〉の構図は、共同幻想の解体によって、ここではっきりと別のあり方に転化していくほかはない。
 「システム」や「社会構造」を読み解く道筋には、手垢にまみれた理論や分析が「いつか来た道」のようにまかり通って再び共同性(立場・資格)を呼び込み、私たちを縛り続ける。ここには、いま・ここを生きる人間の誰もが、ありのままの生で光り輝く〈元気の素〉や未来への〈希望〉は出てきはしない。(③へ続く)

《 採録 》-『「部落民」とは何か』をめぐって
○全国自由同和会岐阜県連『岐阜・自由同和』(98/10/10)
 私たちになじみ深い岐阜大学の藤田敬一編になる一冊です。/誰もがなれっこになってきた「部落民」について、問題に取り組むパネラーたちの真摯な論議を編集しています。

○部落解放・人権研究所編・月刊『ヒューマンライツ』No.129(98/12/10) 「今月のおすすめ」
 解放運動のなかでも自明視されてきた〈部落・部落民・部落差別〉をめぐる二日がかり十時間の結論なきパネルディスカッションの記録。大筋で、この問題を関係性において捉えるとの確認には到ったらしい。

○みすず書房『みすず』99年1月号「1998年読書アンケート」
 鹿野政直(歴史学)
 2 藤田敬一編『「部落民」とは何か』阿吽社、98年
 3 ひろたまさき『差別の視線-近代日本の意識構造』吉川弘文館、98年
 この二冊を読みながら、「差別とは何か」への自問が、螺旋状に深められてゆくのを覚え、いまやその認識が、こんな地点に進みつつあるのかを教えられました。

《 川向こうから 》
○忙しさも一段落、これから充電期間に入ります。山小舎に行って本を読んで…。「朝日」日曜朝刊連載中の「末法眼蔵」がきっかけで、藤原新也さんの本を読みはじめています。『藤原悪魔』(文藝春秋社)がおもしろかった。

○原口孝博さんの連載は次号で完結します。次号はできるだけ早く出す予定。
 ところで、近着の福岡水平塾発行『水平ノ-ト』2号(99/3/13)に原口さんの「師岡佑行先生へ」という文章が載っています。そこには「福岡水平塾に期せずして寄り合う面々は、それぞれ何がしかの切実な運動・思想経験をもった人が多いのですが、アカデミズムの持つ知・啓蒙主義的傾向、近代的上昇志向、運動組織のいびつな共同性、それがもたらすごう慢さといったレベルの問題には、敏感に拒否反応を示すという点で概ね共通しています。例えば、京都交流会にもやや見られる『1年に1回、腹にため込んできたものを出し、すっきりして帰る(日常の大半は、いやなことを見聞しようが黙って耐える?)』という蕩尽・使い分け的な雰囲気や、書き手不明のイニシャル投稿、自己PR的論文発表気分などは全くみられません。一人ひとりが自らの〈日常的生〉にとって切実なことを言い、書き、対話する(一人ひとりが自らをまぎれもない『当事者』として参加する)のが基本だということを、いつの間にか了解していると思えます」とある。
 福岡水平塾の集まりには出席したことがあり、討論の様子をいくらか知っているので原口さんが水平塾を誇って当然ですが、それと比較する形でなぜ交流会に言及なさるのかわからず、戸惑うしかない。意見・批判には謙虚でありたいと思いますが、交流会に「『1年に1回、腹にため込んできたものを出し、すっきりして帰る(日常の大半は、いやなことを見聞しようが黙って耐える?)』という蕩尽・使い分け的な雰囲気」が「やや見られる」との部分にはひっかかりを覚えます。一年に一度だけ出会って意見を交わす交流会は、たしかに非日常(ハレ)の時空ですから、なかにはカタルシスの場にしている人がいるかもしれない。しかし、かりにそういう人がいてもいいのではないでしょうか。夜の懇親会で酒を酌み交わしながら自己紹介したり、近況を語り合ったりすることを楽しみにしている人がいてもいいし、黙って人の意見に耳を傾けつつ、自らの内面で対話する人がいてもいい。水平塾が「一人ひとりが自らをまぎれもない『当事者』として参加すること」を基本にしているからといって、それを他の集まりにも求めるのは厳格にすぎます。厳格主義は、ともすれば不寛容に陥りやすいもんです。自戒を込めて付言しておきます。それと、「京都交流会」と呼んで、なにかグループのように概括なさることにも違和感がある。交流会は一年に一回だけ集う不定形の集合態だからです。いわゆる庶務を一手に引き受けているのは熊谷亨さんただ一人。参加申し込み受付は阿吽社にお願いしてますから、事務局と言っても一日か二日かぎりのスタッフです。わたし自身、交流会に帰属意識なんか持っていませんし。組織や集団から自由でいたいんです。その点に関して原口さんとは意見が違うようですが、それもまたよし。無理に同一化する必要はないですよね。

○本『通信』の連絡先は、〒501-1161 岐阜市西改田字川向 藤田敬一 です。(複製歓迎)

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